やっと暖かくなりました。


寒い県北にもいっぺんに春がやってきました。
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昨年1~2月は積雪で庇が壊れたほどの大雪。
今年は2月の初めから中旬にかけて最低気温がマイナス10℃っていう日が数日続きました。
そして、大佐の家の水道、トイレはすべて凍結して使えなくなるという大事に。
母は、自宅で生活することができなくなり、我が家と姉の家で半月以上過ごすということになりました。水道やトイレや風呂は元に戻らないのではではないかという不安と生活の変化、これが大きなストレスだったらしく、体調を大きく崩して大変でした。

3月に入り、やっと氷も解けて、母の声にも張りが戻りました。
少しほっとしているところです。

病は鉢巻で


ここは白鳥の家なのに… と思うけど鳥たちにそれはないか…
鴨や鳩が寄ってきた。なんでかなと思ったら私がここにいて餌もらえると思うからだね。
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柳が芽吹いている。刻々と春はやってくる。でも寒い。黄緑色の葉っぱが寒風に揺れている。

夫がひどい咳をする。風邪から今は花粉症に移ったようだ。
「エホエホ」「ゴボゴボ」「オエッオエッ」っと、咳の音に優劣はないはずだが、昔ザ・ピーナッツとハナ肇がやっていた「とうさんおかゆができたわよ」「いつもすまないねぇ」とヨロヨロの寝間着をきて寝込んでいるくたびれた感じだ。

病の床に臥すというイメージにはもひとつ浮かぶシーンがある。
それは紫の鉢巻をして顔横で結び垂らしている殿様の姿。これは病鉢巻という。
以前勝山のひのき草木染色工房で教えてもらったのだが、その鉢巻は江戸むらさきで染めたものでムラサキの根には薬効がある。抗炎、解毒、解熱の作用があり、身に着けることで皮膚から吸収され効果があると考えられたそうだ。
(ちなみに「茜」には浄血、造血など血液にまつわるものの効果があり、冷え症などにも効く。だから赤い腰巻などをしたそうだ)
ただし殿様だからこちらは白い絹の寝間着である。

どっちでもいいけど、仕事場に居る時は紫鉢巻の感じで。そう、よれっというより幾分プライドを持ちしゃんとして。「紫鉢巻」しめて花粉症と闘おう と夫に言っている。
「すまないな。俺がこんな体でさえなければ。」
「おとっつぁん、それはいわない約束でしょ。」なんて言わない厳しい私である。

春はもうすぐ

早朝からの雨。雷が鳴って「ああ、春が来た」と思った。
春を探しに図書館に。あー 寒い、なんて寒い。春の雨ではなく、まだ冬の雨でした。
が、木の芽は膨らみ、雪柳にはつぼみが。
私はこんなにちぢこまっているというのに、自然はなんて元気なのだ!

「ユキヤナギ」半月もすれば真っ白な花が咲き乱れ、辺りに舞う
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「こぶし」3月も終わるころ、スカッと晴れた空に向かって真っ白な花が開くはず
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今日まっさきに見つけたのはこの木の芽。春だよね。と安心。

ゴッホさん、草間彌生さん

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2月のはじめ京都国立近代美術館・ゴッホ展に。ゴッホという一人の画家が何かを思いその色をキャンバスに載せていったことを思い不思議な感覚に。浮世絵と日本に大きな関心を持ち日本にある憧れを持っていたということもまた不思議な感覚だった。

京都に一泊し、翌日は建仁寺に。ここは俵屋宗達の風神雷神図屏風があるお寺ですが、本物は京都国立博物館に寄託されており、ここではCANONの高精度デジタル複製が展示されている。だからそのまえで写真も撮ることができる。
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これは本物。法堂天井画「双龍図」(ツインドラゴン)2002年に創建800年を記念して描かれたそうですが、法堂の扉をくぐるとはっと現れるこの絵に驚きます。
お庭もすばらしいお寺でした。

IMG_0839.jpg「黄樹」
建仁寺を抜け、祇園に入り、都をどりの会場、祇園甲部歌舞練場内にある八坂倶楽部にプレオープンした「フォーエバー美術館 京都・祇園」で草間彌生さんのコレクションを観ました。1950年に制作した初期の作品から近作まで80点余。キャンバスに描かれたものを間近でみるとこれをどうやって描いたのかと…丸や水玉、網が緻密に勢いと気持ちを持って並びます。
変わった方という印象や立体南瓜の印象が強かった草間彌生さんでしたが、このコレクションをみて芸術でつたえられるものということを常に意識してきた方だということ感じました。
IMG_0844.jpg「私の魂を乗せてゆくボート」

この美術館の特徴は畳に座って絵画を眺められることです。二階の展示室は132畳もある広大な座敷。ついたてに架けられた作品全体をざーっと見ることができる。
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今回二つの展覧会では作品に触れ、とくに作者の息遣いを感じました。ゴッホと草間彌生ではなく、ゴッホさん、草間彌生さんと呼ぶかんじです。
そして、この二日間を京都芸術の旅、というのは恥ずかしいほど京都は深いです。美術館、博物館、寺、神社…そして食。元気なうちに何度でも行きたい。

同窓会

雪中で哲学する犬
雪かいと1

明日はもう15日になるというのに、お正月のことでなんですが……
1.2日と良いお天気だったのに、3日の朝起きたら雪が積もっていました。海渡さんはまだ暗い中、凍った道を父さんと滑りながら散歩。

2日には、「○●歳祈念同窓会」がありました。
中学校の同窓会です。
大佐神社での厄払いのあと、新見駅前のお店にバスで移動して、懇親会が開かれました。

卒業から40数年が過ぎました。
60人くらいの参加で、卒業以来、初めて会う人も何人か。

今の制度は違うかもしれないけれど
私たちの高校進学の学区は変わっていて、新見地区にもかかわらず、多くは勝山、久世(今はどちらも真庭市)にいきます。当時は大佐町内の地区で新見へいけるのは田治部と大井野で合わせても20名程度。多くの同級生がいた刑部、上刑部などは勝山学区でした。
大佐中学校にいて、刑部地区に住んでいれば、新見高校を受験しようとすると岡山朝日高校を受験するのと同じく5%入試です。

列車の駅も姫新線の刑部を起点とすると、下りは刑部・・・丹治部・・・岩山・・・新見
上りは刑部・・・富原・・・月田・・・勝山 所要時間はどちらも25分前後
なので、当時の久世高校(今は真庭高校)に進学する人も多くいました。私立なら高梁より津山市内という感じでした。

ということで、高校進学の時点でまったく反対方向の列車に乗り、顔もあわせなくなる人も多くなるのです。

同窓会に参加して、私は多くの人の話をきくタイプではなかったとつくづく思う。他人の目はとてもとても気にしていたのに、まったく人のことがみえていなかった。視野がせまい。中学生のときの自分も愛せないぁ…でも今更、反省してもなぁ…
そして、ものすごく記憶が鮮明だと自分のことを思っていたのだけど、語られるエピソードっていうのは初めて聞くことも多く、えーそんなことがあったのかと驚く。
そして、たとえば気になる人がいるくらい、中学生ならあたりまえのことなのに、静かなその人がそんな感情を持っていたなんて と驚かされる。

3時間の宴会はとても楽しくて、もっともっと話していたかったな。愛せない中学生の自分(ていうか自分のことを愛せる中学生なんていないよね)というのを思い出した時間ではあっても、同窓会のひとときは大切な時間だった。

その後、約2週間。
お元気ですか?みなさん。いつか会いましょう。
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哲学する犬です
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