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今年のこと その1

お久し振りです・10月15日救急車に乗って以来怒涛の日々です。
でも、それよりずっと前からそれは始まっていて、親たちのガマンで過ごしていっていたのかもしれない。

昨年末、「師走」の声を聞くと、いつもの様に歳暮、支払、乾物やら調味料やら保存の利くものや、お飾りの買い物、肉の予約、餅つきを済ませ、30日に帰る私たちを迎えてくれた両親。

父の続く咳を気にしながらも、紅白を見て2009~2010の年越しをした。

1月1日、父の咳があまりにひどいので休日急患診療所に夫が連れていった。点滴を受け、〈持っていた主治医から出ているいつもの薬を見て〉「こんなに飲んでいるんじゃ他の薬出せませんよ」とか言われながら、抗生剤を処方してもらい帰ってきた。
1月2日は恒例孫からひ孫まで20人程度集まる日。皆で昼から餃子を作り、賑やかな時間を過ごした。
1月3日、翌日の仕事初めに備えて、息子、娘、夫と知も家をあとにする。
1月5日、吉備人仕事初め。火曜日午後1:30~代表山川はラジオ出演。
ラジオの流れる中、ほぼエンディングに近い午後3;00、母から電話が入った。

「おじいさんが倒れた」
近所の人の助けを借りてすぐに救急車呼んだらしい。救急隊員の方が状態を見て「脳梗塞」と判断、いつもかかっている新見の病院ではなく「脳神経」専門がある真庭の病院に運ばれた。おじいさん(父)は救急車の中で意識を取り戻した。

発見が早かったので幸いにも血栓は流れ、リハビリをして2週間で退院できた。
「悪い状態のときてもらっていた方が。。」市役所に申込みをして、
この間に、初めて介護認定を受けた。3月に決定したのは要介護2だった。

なんとかなんとか母が支え続けた3カ月後の4月13日朝、出勤前
母から電話がかかって来た。平日の朝の電話なんて、絶対いいものじゃない・・・いやな予感はあたった。
「おじいさんが口がよう動かん云ようる。」
母にタクシーですぐに1月にかかった病院に行くようにつたえ、私たちもそこに急ぐ。
結果、口のまわりの神経をつかさどる部分に梗塞が見られた。

しかし、どうにもならないので、その後は新見の主治医で経過をみるよういわれた。
「よく動いて、水分を摂って・・・」1カ月に一度の受診でなんとか夏前までふんばった。
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