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1984年4月16日

日赤

世界的チェロ奏者ロストロポーヴィッチが27日亡くなった。
クラシックファンというわけではないのだけど、彼が倉敷でコンサートを開いた日付を私は間違いなく言うことができる1984年4月16日、月曜日だ。

夫は仕事の関係で「くらしきコンサート」さんから宝物のようなチケットをいただいていた。クラシックに詳しいわけではないけれど、こんな有名な方の演奏なんて一生聴けないかも知れないのでコンサートを楽しみにしていた。それは息子誕生の日の前日。
私の出産予定日は4月20日。
でも16日には朝からどうもいつもと違う感覚があったので、かかっていた日赤病院に行った。「まだですよ」という先生のことばに少し首を傾げながらも病院をあとにし、表町のピザパティオに入った。スパゲティを注文した。どうもおかしい。食べられない。
そして夕方からは本当に陣痛が始まった。病院に連絡すると時間がかかるといわれたので、心配する夫にはコンサートに行くよう伝えた。
夜10時過ぎ、夫が倉敷から自宅に戻ると、痛みに顔をゆがめた妻がウーウーとたぶん人間じゃないみたいな声をだしていたと思う。そして入院。
その後は 痛みに耐え切れず喚いたり唸ったり、ののしったりする妻を一晩中なだめたり擦たり。きっとロストロポーヴィッチの演奏の余韻に浸ることはなかったでしょう。

ピザパティオの前を通るたび、ロストロポーヴィッチの名前とセットで1984年4月16日を思い出す。
ピザパティオは今も同じ場所にあるけれど、なぜかその後一度も行っていない。日赤病院は1年後、市内青江に移転した。跡地には中国銀行本店の大きなビルが建ち、丸の内2丁目の日赤本部と電車通りを挟んで日銀向かいの「日赤前パーキング」だけが残っている。
そして息子は23歳になりました。
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