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薬師寺慎一さん

「私は吉備津の薬師寺と申します」
「奥さんですかな」
「若い声ですなアッハッハ」(私より若いスタッフがいたときには私が電話をとると「声が落ち着いておられますから、奥さんですな」とおっしゃってました)
続いて「ご主人おられますかな」
すると、少し覚悟したような面持ちで吉備人代表の山川が電話をとる という具合でした。

薬師寺慎一さんは 一昨日亡くなられました。
ここにはない『吉備の中山と古代吉備』を含め8点の本を吉備人出版から出していただきました。

『楯築遺跡と卑弥呼の鬼道』(1995年11月7日)
『吉備の中山と古代吉備』(2001年5月13日)
『祭祀から見た古代吉備』(2003年11月21日)
『聖なる山とイワクラ・泉』(2006年1月20日)
『考えながら歩く吉備路(上)』(2008年12月21日)
『考えながら歩く吉備路(下)』(2009年7月23日)
『岡山の式内社』(2010年11月23日)
『吉備の古代史事典』(2012年9月30日)
どの本も難しそうなことが分かりやすく書かれており「教えてほしい」「連絡をとりたい」という問い合わせをいただく著者№1です。

どの本も校正を重ねました。
それは薬師寺さんの「本を世の中に出すこと、残すことの責任の重さ」であり本に対する畏敬の念であったと思っています。

「原稿ができました」
「校正しました」と電話をいただくと、担当させていただいていた山川がやや緊張して薬師寺さんのお宅に伺いました。いい加減な対応をすると容赦なく叱られました。
本が出来るとお祝いだと言って「白蒸し」(黒豆のご飯)を用意して待ってくださいました。

吉備人出版ももうすぐ20年を迎えます。吉備人にとって初めての市販本だった「楯築遺跡と卑弥呼の鬼道」の頃にはずいぶん若かった代表の山川も58歳です。
変な話ですが、彼が疲れて「もういや、俺死にたい」なんてことをもし口走ったとしたら、三途の川に薬師寺さんがゆったりと現れ
まず、あの世の仕組みを説き「まだまだこちらの世にくるには修行が足りませんなぁ」と追い返してくれるだろうと私は思っています。
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