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ゴエン?

岡山市内では、桜が終わると同時に花水木と藤が開く
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それでも半そでにはちと早い。
今日は夏日です と言われても、ちょっとな。
4月半ば、岡山後楽園からバスに乗りこむ白人系の人は半そで。同じ日でもアジア系の人はダウンを着ていたりする。

そんなある日、後楽園から団体さんが乗ってきた。ウブ毛さえキラキラ光る白人さんだ。フランス語っぽい。
けっこうな人数でバスはいっぱいになり、私の横にも若者が座った。

若者が大柄なので狭いこともあり、窓に張り付いて外を見ていた。じゃらじゃら、じゃらじゃら ずっとお金を数えている様子だ。

声をかけられたらどうする?それともこちらから「どうかしましたか?」と尋ねてみるか?どう言えばよかったっけ?
ついに「エクスキューズミー」??て、もしかして私に言ってる?
そうしたら、端正な横顔の彼が(近すぎて横顔しかみえないけど)
掌の日本硬貨をつまみ出し、「ゴエン?」
「ジュウエン?」「イチエン?」
私は「ウン、ウン」とうなづく。「イェス!」とも答えることができず、ただ大きくうなづく。
若者は「メルシー」と言った。

すっごくいいことをした気分になった春の日のことです.。
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うずなゆうねえ?

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庭に咲くムスカリ。小さな球根を何個か植えて数年で群生。種も飛ぶみたいであちこちで咲いている。
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「うずなゆうねえ?」
「うずないーかな?」
新見の病院で若い看護師さんが患者さんと会話をしている。

訳すと 「きゅうくつではありませんか?」「うごかしにくいですか?」という意味で,
ほぼあっていると思う。

が、実は この‘ほぼ というのがみそ。

母;「先生、脚がほかって寝れんのですが」
先生;「ほかるんかな…一日中ですか?」
    と先生も対応してくださる。

「ホカル」が先生に伝わらなくて怪訝な表情をされたらお母さんはどう言い直しただろう。
火照る(ホテル) が近いようだがその言葉を思いつかず
「先生、脚が熱うて寝れんのですが」
「熱があるんですか?」ってことになってそのうち話がどんどん違う方向にいってしまいそう。

微妙なニュアンスで薬も違ってくるような気がする。

先生、若い看護師さん、わかってくれて、いっしょになって方言つかってくれてありがとう。

むっちゃん

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むっちゃんの誕生日は、4月7日。
小学校の同級生で、5年生のときに転校していった。

あれから半世紀。
50回ほどの4月を迎え、新たな気持ちでスケジュールを書き込むとき、7日はむっちゃんの誕生日だ と必ず思う。

むっちゃんの家はもうないけれど、誕生日にお母さんが招待してくれて、奥の間でお赤飯やおひたしをごちそうになったことも忘れない。

でも、こんなふうに書いていて本当は4月6日 とか17日とかが誕生日だったら……途中から記憶がすり替わっていたら……わたしにはありえることだけれど
今年も、4月7日がむっちゃんの日。

海渡、10歳

父さんがオレの部屋を片付けている。どの部屋でも自由に歩きまわり、どこでも眠るオレではあるが、ゴハンを食べるのはこの奥の部屋のケージの中と決まっている。
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この家にきたときに買ってもらった、ごりごり齧るおもちゃ、ギャンギャン吠えたときに鼻先にシュッとひとふきされた、アップルなんとかいうの、きゅっと締まる刺激的なチェーンや代々のリード、散歩途中に拾ってきた数多くのテニスボール、まぁ何でもある。
景品の袋もある。ゴリゴリ系の固いおもちゃが傷んでいないのは、好きではない ということだ。
でも、高かったのよ~ と言って置いてあるみたい。
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10年生きてきたオレだが、進歩しなかったことがある。好きなおもちゃでもつかみ取ることはできないのだ。どうがんばってもできない。
そこで手でかき寄せるか、鼻先で動かして、咥える。カアサンに助けを求めることもある。
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大好きなディスクを手にいれることができた!しかも自力でここまで運んできた。
若いころは ひゅーっと飛んでいくディスクを追ったもんだが、今はこうして愛でている。。。
嚙み心地もいい。

平成の女


桜は開いたけど、とても寒い。後楽園の周辺は三部咲きくらい。
3月31日、日曜日。それでも多くの人でにぎわっていた。旭川にこんなにボートが浮いているのを見たことないほど。

4月1日。新しい「元号」が発表された。
仕事場でも、個人的にでもよほど言われない限りは西暦を使う。もともと、「元号」と「天皇制」についてかんがえさせられることが多かったし、このほうが事務的にも間違いが少ないからだ。

ただし、時代の区切りとしては話の中で使うことも多い。うちの父は「大正」よ とか。
私は というと、昭和生まれとはいうけれど、実は実は「平成」の時代のほうを長く生きたのだ。
「昭和」の終わり「平成」の始まりは 30歳ひと月手前の20代最後の歳で迎えた。そしてあれから31年を生きてきた。
自分は昭和の人 と思っていたけれどそうでもなかったようだ。

わたしは平成になった時には、まだ20代じゃった と夫に言うと、
「それから約30年。
このあとの新しい年号でまた30年か。」と感心された。

いやー そんなに長生きはしなくてもいいです。

というか、不謹慎といわれるかもしれないけれど、次の天皇が退位されるときがくれば(さほど私と年齢が変わらないので)4つの時代を生きる女にはならなくてもよいです。

去年、裏の畑に桜の木を植えたので、それがちょっと大きくなってこんもり咲くのを見届けられるくらいでいいです。
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