カニの観察

家の周りを掃いていると、カニ現る

カニ怒る
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カニ引っ込む
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住処は石垣
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動画も撮ったのだけど、カニをみている自分があまりに暇そうに思えたのでアップはしない・・・

東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる(啄木)
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4年前。

仕事帰り、月見橋から月を見る。何日か前の満月の夜。
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幻想庭園。後楽園
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お盆も、オリンピックも終わって1週間も経てば9月。妙に暑い日は続く。

4年前の夏、ロンドンオリンピックやお盆、なんでか記憶が薄いと思っていたら、そのころ父が入院していて、私はお盆に大佐に帰らなかったということが判明した。
オリンピックの記憶は薄いながら、
女子サッカー、なでしこ対アメリカとの決勝戦は真夜中というか朝4時前のキックオフ。
その日は病院に泊まっていて、個室だったので見回りに来る看護師さんと「どうなりました?」とか話して、確かに静かに燃えました。それは、どうやら2012年8月9日のこと。

父は7月に盲腸炎の発見が遅れて、腸閉そくにもなり、手術は成功して歩けるまでになっていましたが、お盆前に熱が上がったまま下がらず。敗血症も疑われていたよくない状態が続いていました。その後、落ち着いても今度は嚥下肺炎を心配されて、口から食べ物を摂ることもなく、主治医のおっしゃるとおりの経過で静かに静かに10月の初めに亡くなっていきましたっけ。

当時、父は施設に入っていて、そこに戻れる猶予期限が8月17日。
私は、まずはそこに戻れるようにと願い、その日を過ぎ、退院後のことをどうするかと頭を悩ませ、暗かったな。
父の願いは大佐の自分の家に帰ることで、病院を出てもまた、病院のようなところに帰らなければならないのでは治す希望も湧かないだろうと一方で思い・・・・・・
最後まで「治して早く家に帰ろう」と言ってあげられなかった、そんな日々を思いだした。
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4年前、見ているのはフランス戦のようだ。準決勝だって。2:1で勝った!らしい。サッカーには燃えた。おれ、3歳5か月足らず。夜更かしで目元にクマが・・・
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このサッカーボールは湯郷のおばあちゃんたちが縫ったものだそうだ。

濃い8月。

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もうすぐ大佐の家。大佐山にドライブGO!・・・だったらどんなにいいだろう

★前2回の草刈り、墓掃除を経て、お盆前直前の8月11日。今回は普段使っていない離れの大掃除。布団干し。家周り、トイレの掃除。買い置きのできるお盆用食材の買い物。これを昼前に大佐に帰り、夕方までに済ませる。虫におびえて脱走の恐れのある海渡は、この日は日帰り予定だったので「とうさん、かあさんお仕事よ」と言い聞かせて留守番。暑い。布団はよく乾くけどたいへん暑い。
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帰り道の岡山道。空は美しい。


11日~13日は石山公園「オ盆夜市」。夕方5:00から石山公園に日替わりでお店が並ぶ。11日は「星空のレストラン」。岡山で人気のシェフたちが出店するそうだ。石山公園は海渡も好きな場所なので大佐から戻り、散歩がてら行ってみた。大佐のお盆の準備はやってもやっても終わらない。でも岡山にもこんな楽しい夜があるので疲れていても参加してみたい。「爺や」のにこごり、TETTAワインなどをいただく。芝生が心地いい。
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とーさん、オレの食べられるのものを買ってきてくだされ。
★8月12日。午前、夫は食材の買い出し。13日夕飯の夕飯に夫担当でパエリヤを作ってくれるという。生協にはムール貝がないとの連絡を受け私は高島屋に。店頭になかったので鮮魚売り場のお兄さんに尋ねたら奥の冷凍庫から出してきてくれた。夫に知らせると「これでおしゃれなパエリヤ」ができるとのメール。揃ってよかった。
:午後仕事。夜8:00前、新幹線で大阪から帰ってきた娘を迎え、食事に。

★8月13日、朝9:00大佐に向け出発。途中渋滞で、着いたのは11:00を回った。
このあとすぐ夫は、「やくも」で戻る息子夫婦を迎えに新見駅に。娘も一緒に行き、昼食他の用事を済ませてもらう。私と犬は留守番。なにやかにやの準備。
母、私たち、息子夫婦、娘の6人が揃って、チラッと創志学園を見て、夕飯の下ごしらえ、墓祀り、仏壇にお迎えの準備、庭に餓鬼仏、母は母で迎え団子をこしらえたりしている。夕飯。パエリヤ、から揚げ、など。
夕飯のあと、10:00頃、流星群を期待して息子の運転で大佐山中腹まで行く。が、ここではガスで見えず。
夜中0:00を回って、娘と家の庭先にござを敷いて寝ころび空を眺めた。月がかくれ星が鮮明になる中、娘6個、私1個の流れ星を見た。

★8月14日、昼過ぎに息子夫婦は大阪に帰る。新見まで送り、15日お盆本番バーベキューの買い物にJA阿新に。
お正月とお盆は恒例で大勢が集まる。千屋牛(すごい!もちろんスポンサーは母)2キロ、鶏肉1キロ、豚肉1キロほど、ほかウインナーなどを購入。
新見市内国道180号の温度表示は37℃。めちゃくちゃ暑い。むしむしして気分も悪い。家に帰ってもなんだか仕事は山積み。夫はお寺に行かなきゃならないし、お墓参りもしなきゃならない。しなきゃならないが募る。お盆なのに仏様への気持ちははそっちのけっぽくなってきた。でも、仏壇の灯りにお盆を感じる。
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8月15日には、庭から大好きなニクのニオイと、大嫌いな花火の音がしました。17人と一匹で記念写真も撮りました。
オレは飛ぶ虫が恐いので、アブやハエや他にもヘンなのが飛び回る夏の大佐は苦手です。虫がくるとキャーとなってどこかの部屋のすみに隠れます。あまりに恐いのでヨダレがだらだら落ちます。肉を食いにも出られません。不幸なイヌです。

♥16日には、別のおばちゃんがきました。おばあちゃんといっしょにおはぎをつくったのを少しもらいました。9人で記念写真を撮ったようです。そこにオレは呼んでもらえませんでした。6:00ごろ岡山に帰ってきました。そして、大好きな姉さんは大阪にと戻っていきました。ちょっとさみしいオレ


て、感じの8月中旬。この一週間ほどのことなのにずっと前のようでもある。相変わらず暑いけど、空が少し変わってきた。

真っ赤なトマトは草刈りから

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先週の日曜日、大佐の家の周囲と、お墓の草刈をした。夫が草刈り機を使い、私は草刈り機が入らないところを手で刈り、草をむしる。その2週間前、帰ったときも草刈だった。何年もこの季節に同じことを書いているけれど、夏はとにかく草がすぐ伸び、暑くて暑くてたまらない中を作業する。

草刈はまだいい。そのサクサクした感触と、刈ったところは目に見えて美しくなるから。
たいへんなのはその草を寄せてく集めて運ぶことだ。刈りおとした草をそのままにしておくと、見た目も悪いし、草が種を落したり、根を出してまた繁殖する。少し置いておくと天気がよければ軽くなるけれど、帰る予定もあるのでまだ水分の多い重い草を熊手で集め、決められた場所に運ぶ。
家周は上の畑へ。大きなごみ取りに入れて抱えて何度も運ぶ。草刈だけでも疲れているので、何度もがつらい。

夫に言った。
「この間読んだ『坪田譲二と日中戦争』の中に書かれていた大戦当時の中国人の様子の記述で(そのままではないが、たしかこんな内容で) 中国の炭鉱で”穴のなかで石炭を背負い籠の中にいっぱいに詰め、穴から真っ黒で出てきて石炭をこぼし、また穴のなかに入っていく」様子、それから『オリンピックの身代金』で主人公が東京オリンピックの建設現場で一輪車で石を運ぶ場面を思い出したよ。辛い労働はヒロポンで忘れるみたいな」
”苦役”なのである。なーんにも考えられなくなり、ただ集めて足を運ぶだけの状態。
自分ちのことで、たいそう大げさな と思われるかもしれないけれど、いつ終わるのか が見えてこなくなる。聞けば夫も別の本に書かれていた労働の様子を思い浮かべたそうだ。

そのうち、夏がすぎ、草は放っておいても枯れる時期がくるけれど、また来年もこの季節はやってくる。畑、田んぼの畔、岸、山の岸、溝のほとり・・・・・・百姓は草刈りばかりだ と父は言ったっけ。

そもそもなんで草刈が必要なのか?家周りは掃除の延長であり、鬱陶しい、人がいないようで不用心の理由。
畑やたんぼは草丈が伸びると、さらに背の高いすすきなどが生え、低雑木が生え、植生も変わって山に戻ろうとするのだそう。
刈った草をそのままにしておかないのは、繁殖のほかに、発酵した草を目当てにミミズが集まり、ミミズを目当てにモグラが集まり土地に穴をあけると土がずれたり、水が抜けるから。

おいしいトマトもししとうも、草刈あっての畑から。
母も、この家に嫁いで以来、いままで大切にしてきた畑が草ぼうぼうじゃ野菜作りのモチベーションもあがらないですものね。
きつい草刈も耐えねば・・・・・
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そそられるぜこの赤に。がぶりといきたい・・・・・・(赤ってわかるのか?かいと)

ドアは開きません

オレが朝4:30だの5:30だのにカアちゃんを起こさなかったら、3人の男性の悲劇は起こらなかったかもしれない・・・・・・

8月1日 AM5:50散歩だぜ 大佐にて

伯備線・新見発(上り)二両編成13:16で岡山に帰る。
3人の60代中ごろのオジサマたちが乗り込んできた。きれい色のシャツに綿パン、リュック、ミニ旅行のようだ。青春18きっぷっぽい。

新見の次の次の駅、井倉で降りるらしい。「井倉洞は寒いか」「次は14:03と思うけど確かめておけよ~」とかいいながら会話がはずんでいる。そのうち井倉駅に着いた。「え、ここだ」大慌てで降りる というか降りようとする。
ドアが、ドアが開かない。入り口についている開閉用のボタンを押してもたたいても開かない。

私はなんだかぼんやりとその様子を眺めていた。「そうだ、後ろの車両はドアが開かないのでは・・・」

ワンマン列車は無情にも発車。茫然。
”え、ホームが逆側か?”
そのうち「次は方谷、後ろの車両のドアは開きません」と車内アナウンスが流れ、男性3人は事情に気づく。
”あんた よく知ってたのじゃなかったのかな”という不穏な空気漂う会話も聞こえてくる。
”仕方ない、次の駅で戻ろう”前の車輛に移っていった。

もし、下り新見もしくは米子行の電車の待ち時間が長かったら・・・方谷駅って冷房あったっけ・・・
なぜ、私は、あの人たちがボタンを懸命に押しているとき気付いたことを口にして教えてあげなかったのだろう。もやもやした思いが残った。カイトあんたが早くに起こしたから眠くてぼーっとしていたせいよ。(と犬に気持ちをぶつける)

恐る恐る、下り電車の時刻表方谷駅を検索。「14:08」
30分弱待ち。これなら 笑って済まされる範囲だ。後日、旅の失敗談としてビール片手に語られるだろう と勝手に想像するわたし。。。

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一足早くトウちゃんと一緒に岡山に帰っていたオレ。午後6:00は街犬だい
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猪避けの電柵から風情あるやつに変わったようだ。
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