食べ物の話ですが

母が蕗をとって皮を剥いて茹でて、アクも抜いてもたせてくれたので
ピクルス
ピクルスにしました。左は新玉ねぎです。液のなかにはいっている月桂樹は我が家のベランダで栽培しているものです。
蕗は炒め煮にするばかりでしたが、ピクルスに初挑戦。さっぱり&シャキシャキ美味しいのです。
残りは小口切りにして、塩漬けにしました。白いごはんにまぶして食べるとよい香り。

新たまも熟すまで待っていた(今回は母自ら畑から抜いてきてくれた)甲斐あって、甘い。味もある。連休ごろのベビーなやつとは違います。
新たまとハモは相性よしと料理人さんに教えてもらったので、
ハモと新たまと三つ葉だけでなべにしました。だしは昆布で。新玉はくし形に切ってゴロゴロ入れます。ほんのり甘みのある、上品なお味です。
簡単なのでぜひ試してみてください。

この季節、さやえんどうもたくさん採れます。袋にいっぱいもらってきました。
そのうち飽きてきて、
食べてもらえずに、つるの中で一生を終えるものもでてきます。干すとか漬けるとか、なにかいい保存方法があったらいいのに と思います。

明日で5月も終わり。
6月になったら、玉ねぎの収穫と保存、梅の実もとらなくっちゃ。
うまく日曜日に時期が合えばいいなぁ。
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「大佐山」と牛の種

ヤッホー 大佐山 ここは「風の聖域」昔それもかなり・・・は和牛試験場の牧草地だったところ
大佐山1
昨日はパラグライダーは誰もやっていなかった。風が心地よい。
大佐山2
海渡さんを車からおろして、放牧。この斜面を嬉しそうに駆け降りるかと思いきや、不安そうに車に戻ろうとする。

大佐山に和牛試験場があったのはいつまでだったか を調べようとネットで検索していたら、面白い記事があった。

<岡山県畜産史 第2編 第7章 第3節 家畜人工授精の発達>
岡山県和牛試験場(新見市千屋)から家畜人工授精用精液を,伝書鳩により輸送を開始したのは,昭和29年(1954)11月(注 当時は千屋種畜場)である。はじめ,刑部家畜保健衛生所(阿哲郡大佐町)との間で後述のような輸送試験を行なった。これら両地間には標高約1,000メートルの大佐山があって輸送距離は13キロメートルであった。
人工授精用精液を広範囲にかつ,早く需要地に配布するため,精液を伝書鳩輸送した場合,精液性状に及ぼす感作を調査した。

(中略)表あり

当場と刑部家畜保健衛生所(13キロメートル)との間を,若鳩10羽を用いて往復訓練した。
 本訓練は当場においては最初の試みであり,しかも,両地の間には1,000メートル以上の高山があるため,猛禽類の被害が予想されたが,1群10羽程度としたところ,被害を受けることなく,直線距離13キロメートルのところを片道11,2分で飛行した。また1羽の鳩で4㏄までの精液の輸送が可能であった。
 鳩による精液輸送は,昭和29年(1954)から37年(1962)まで実施された。

 鳩輸送の後退の理由は,鳩が山越えの際,猛禽類の被害などにより漸次伝書鳩としての機能を失ったためであって,昭和37年(1962)における精液は,すべて鉄道またはバス輸送に切りかえられた。

なんか、すごい。
すごい実験が行われていたんだ。しかも必要だから。

そして、このあと昭和42年に岡山県和牛試験場は、新見市千屋から大佐刑部のこの地に移ったようです。
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★風の聖域メインロードの反対側にはオートキャンプ場があります。
ミニゴルフ場などもあります。

「大佐山」は標高988メートルの頂上まで車で上がれます。天気がいい日は大山まで見えます。
ぜひ、いらしてください。

さらに「大佐山」は、吉備人出版の『おかやまの山歩き 花・木100選と花10名座』(「おかやまの山歩き 花・木100選」編集委員会・編)に掲載されている「花10名座」のひとつです。
アマゾンなどでは品切れになっていますが、吉備人内には在庫が少しあります(少々傷みあり)ので、お問い合わせください。この本を手に自分の足で登るのもいいです。(私は中学校の遠足以来、徒歩では行ったことはありませんが)

座り続けると ―

海渡さん今朝シャンプーしました。
kaito洗濯
洗っているときはじーっとしていますが、拭くときには自ら転げまわってタオルに体をこすりつける。
そのあともカーペットのうえでごろごろ。
・・・・・・なので、このように部屋が散乱していますの。

明日は タケイ先生のトレーニングの日。ほぼ1カ月ぶり。シャンプーもほぼ1カ月ぶり。
やっぱ、きれいにしておかねば というのは飼い主の見栄かもしれないけれど、イヌだって
「カイく~ん モフモフ~キレイ~
と抱きしめてもらったらデレデレになる。誉め言葉に弱いのだ。

ところで、海渡のシャンプーは腰にこたえる。手は動かすけれどしゃがみこんで洗うからだと思う。

それにも増して腰は、椅子に座っている時間が長いのが一番ダメみたい。会社の仕事でいえば、棚卸のように動くことよりも、長時間PCに向かって作業したとき。
机に体を預けないと姿勢を保てない。お尻のほっぺ部分が痛くて、足は痺れるし、頭痛までしてくる。腰痛持ちじゃなかったのにな(1年半前の骨折が原因だ)。もうほんとーに不自由だわ。

そんなこんなブツブツいいながら、作業してまして、
6月4日 山陽新聞に全三段の広告出します。
『おかやま雑学ノート』シリーズ(赤井克己・著)記念すべき第10集『いつまで出すのかおかやま雑学ノート』の発刊と新刊のご案内です。
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話は変わって、いつからこんなんあったのだろう と思った
ペガサス
表町のペガサス。謎は追求せねば・・・・・・

意欲的になるもの

「飲みものに対して意欲があるよね」
レッドアイ
あきれたふうにでもなく、むしろ感心したように夫がそう言った。

「白州10年」は今店頭に出ているもので”終売”だそうです。「終売」といった”限定”の響きに弱い私は購入せねばなりません。酒屋さんに行ったら買おうと。

ツンとしたところがなく、すっきりとして甘い そんな味が好きです。ウイスキー通じゃないし、ビールみたいに毎日飲んでるわけじゃないので適当なことを言ってますが、ウイスキーはちょっとという人でも、
えー、こんなにさわやかなの と気持ちが変わるかもしれません。
 (※「10年」はなくなりますが「年」の表示のない「白州」はあります。ぐっと高くて手の出ない、「12年」とか庶民が飲むものじゃないと思う「18年」「25年」もあります。手が届かぬよう酒売り場ではガラスケースに入ってました)

そして、赤い方は アサヒの「レッドアイ」。レッドアイはトマトとビールのカクテルですが、これは「発泡酒」
とトマトです。
今日、コンビニで見たので買いました。

 と、いうように 私は「これ飲みたい」と思うものがある というのが夫が指摘するところなのです。
ビールでも「スーパードライ」「一番搾り」「キリンラガー」「エビス」
といった一般的なものが基本ですが、
黒いのとかハーフとか赤い のとか 「これが飲みたい」といって購入してくるからだと思います。

もちろん(強調)夫も飲みますが、
確かにいっしょにコンビニに行っても、お酒売り場に行っても とくに「これ飲んでみたい」とは言いません。「白州買いに行こう」とはきっと言いません。

それは、肉売り場に行って「羊」が食べたいとか、
カルビを見て「これちゃちゃっと焼いたら美味そう」なんて言わない私と同じような状況でしょうか。

私は同じ「飲み物」とは言ってもコンビニでケースの中のペットボトル飲料をかたっぱしから飲んでみようとは思わないから、やはり好きなものに対する意欲の違い というところは認めざるを得ません。

ま、「大いに意欲がある」と褒めてもらった ということです !やったー ※依存症にはご注意ください

雨の日曜日。

雨の日曜日。クレマチスが咲いて
クレマチス
フレームインの海渡さん
2013519kaito
会社のパソコンをWindowsXPからWindows7に替える セキュリティの問題が一番恐いのでやっぱり替えるしかない。家のパソコンもおなじくXPなのでこの機に替えることにした。

今、自宅で使ってるのは娘が大学生のとき使っていたもの。
デザイン学部だったのでパソコンは必需品。PC本体もさることながらadobe系のグラフィックソフトも高額で、ばあちゃんにお願いして一式買ってもらった。

その後、娘は仕事に使うのにスペックがなんとかと言って新しいものにのりかえたのだけど、スキャナーもなにもかももったいなく、またばあちゃんに申し訳なく、私はそれをもらって今日まで使っている(充分使えている)。

が、セキュリティ面が といわれると、ネットを利用したり会社のものを持ち帰ることも多く、ウイルスをばらまいたりして人様に迷惑をかけるわけにはいかない。
文字は打てるし、計算もできるけれど、ネットワークを使用しないというのは買い物もできないということだからXPを使い続けることは危険なのだ。

で、やむなく買い替えることを決心した。

容量の大きいUSBメモリーを購入し、今日は現PCのバックアップをとろうと思ってパソコンの前にすわった。
そうしたらこのブログを書きたくなって、写真を撮ろうと思った。iPhone で撮影してアップすると早いのでそうしようとした。
そうしたら、隣の部屋から夫が「おう、写真撮るのならこのカメラ使え、絶対いいから使え」と勧める。
娘にコンパクトカメラを買い与え、代わりにゲットしたデジタル一眼レフだ。

ケーブルつないであれこれしなきゃならないので面倒だとおもいつつ夫のカメラを手にした。
きれいだ。ファインダーを覗くときから確かに違う。

ベランダの花を数枚撮った。鮮やかな赤が美しい。

ダウンロードして、今度は数カ月ぶりにフェイスブックのカバー写真を替えることを思い立った。
ゼラニウム
ついでにプロフィール写真も替えた。
明るい!!

こんなんしているうちに、貴重な日曜日はどんどん過ぎていった。

でも寄り道しながら、ちょっとづつ。そんな時間が嬉しかった。

自宅のパソコンはそんなに保存してないので、さほど重くはなっていないと思う。バックアップはそんなに時間かからない。
めんどうだけど自分のだからなんとかする。
替えないで済むものならよかったのに、お母さんごめんと思いながらPCを捨てるための作業をするよ。

おいしいお米をつくりましょう

庭の花
5月も半ばを過ぎる。田植えは無事終わり、
田植え
どこに居たのかいたるところで蛙がゲコゲコ鳴いている。
手前は水田、真ん中はピオーネのハウスだ。(どちらもウチのではないけれど)
近所では2軒が米から転作している。ピオーネは稲刈りのころ、9月の初旬から出荷される。

米を自分で作る家が減った。実家のある11軒の集落では、我が家を含めて3軒しかない。
あとは、田をつくってくれる個人や農協などに任せ、必要な分を買ったりもらったりしている。

高齢化して米作りができない家は年々増えるけれど、
作り手は少ないから、水の入り具合、日当たりが悪い、周囲の草刈りが多い、狭いなど条件が悪い田はあまり引き受けてもらえなくなったそうだ。
顔の見える相手にそうそう田によって契約条件を変えるわけにはいかない。
地域によって、米の出来 ― 収穫量や味も違い、「あそこの米はおいしい」と評判のところでつくれば「ブランド米」としても高く売れる。
同じ労力を使うならば、そう考えるのも当然といえば当然だ。

なるべく自分たちで米を作り続けたいと思う。
だけど、高齢化だけでなく、
もし、今使っているトラクターや田植え機などの農機具が壊れたら、1枚の田を作るためだけに、
一式800万以上といわれる購入の費用を出すことができるのか?
いずれ壊れるよね・・・・・・どうする!?
自分たちで田を作り続けることができるのか?

と、先のことで悩んでみても仕方ないね。だいたい田にも入らなかった私が、偉そうなことを言うのは駄目です。反省

皆で、おいしいお米をつくるべし 

羊を引きずるワタシ

★あれからひと月。こひつじたちはさぞかし成長し、
真ん中の親羊は毛を刈りとられているのでしょう。毛を刈るのは羊毛をとるためだけではなくて、お風呂に入らない羊にとって、虫や汚れを落とし、暑さ対策にもなる年に一度の衣替えなんだそうです。
刈り取られた毛は選別して洗われ、真っ白な羊毛になるので「糞やシッコ」を汚いと思ったら触れないのよ とフェルトマット教室の先生はおっしゃってました。
サフォーク
連休の六甲山牧場はすごい人だったそうです。
ちょっと寒かったけど、こーんなかわいらしい羊たちをゆったりとみられたなんて私たちはラッキーでした。
気候がよくなったらまた行きたいな。
またまた書いてしまった。相当、気に入っています。

★吠えずに鋭い目で羊を威嚇するストロングアイヘディングドッグ・六甲山牧場の牧羊犬グレン。牧羊犬
目で威嚇するなんて、すごい!!吠えずに羊を動かすんだそうです。
確かに仕事師の目で、「おいで」なんて甘い声をかけても見向きもされなかった。

草を食む
おっと、失礼。こちらは海渡さん。こちらも羊を追うためにつくられた犬種。
なんとなく似てるけど、ゆるいな。羊みたいに草食べてます。

明日は また大佐に。「オレの知らないヤツが来たら吠えて追っちゃるからな」と言ってます。

娘の誕生日に思うこと

あー よく晴れた日だった!
20134ベランダ
今日は娘の誕生日。意識して違うこと書こうと思っても、やっぱり娘の誕生日。
27年前のこの日のことを断片的に思いだす。私はハピータウンで買った水玉のピンクのネグリジェを着ていた。

朝6時36分に娘は生まれた。体重3195g。
夜通しの陣痛を乗り越え、「あさ生まれる子は強い運命を持っているのよ」看護師さんにそう言ってもらってすごく嬉しかったっけ。

男の子と違って、握ったその手ははかなく細く、おっぱいの吸いつきかたもそーっとしていて
「女の子なんだ」って思った。
小さな病院だったけど一緒に入院していた9人の赤ちゃんのうち2人だけが女の子だった。その人はケーキ屋さんだった。

晴れて初夏を思わせるような日だった。
近所で犬が鳴いていた。ワンワンワンワンッずーっと鳴いていた。
目覚めると両親がいた。

父は仕事のはず。
ま いいか。ぼんやりとするなかで
同室のひとにも大きなりんごをあげた とか
暑かったので、近くの店(長崎ちゃんめん)で食べた冷やし中華がとてもおいしかった とか話してた。

2歳になったばかりの長男は、この日妹が生まれてすぐに倉敷のおばあちゃんちへ夫が預けに行った。夫の倉敷のお家には2歳年上の従姉とベルという名のビーグルがいた。ビーグルを「ベルベル」とむすこは呼んでいた。

ここまでは、わたしが今以上のババアになっても毎年毎年語るんだろうな。

当時27歳の私は自分と自分の子どもことしか思ってなくて、この季節が農家にとってどんなに大切かしらなかったよ。私は、母を独占してしまった。「田植え時分にごめんなさい」は今、言えること。田植え時分に私とむすめのめんどうをみてもらった。
倉敷のおかあさんとお姉さんたちには、何とも思わず預けてむずかしい年頃の息子をみてもらった。

親って子どもに「忙しい」なんてあまりそんなこと口にするものじゃないのかな、何もないときには別として、子どもたちの状況をみると、自分が「忙しい」とか「しんどい」なんて言わなくなっちゃうんだな。

思えば27歳の私は、子どもを2人生んでも子どものままだったよ。
それはしかたないとして、子どものまんまババアになってきた。

これは、まずいよなぁー・・・・・・

「田植え」時分②

連休最後の日の夕方。

前半2泊、後半2泊、大佐の田んぼや畑でウロウロしまくって たいそうお疲れの海渡さん
kaito2013506.jpg
「おれ、今日はもう走りませんから」とディスクを隠す。

5月3~5日は「田ごしらえ」その②しろかきに奮闘の予定でしたが、姉夫妻と甥っ子家族がやってくれたので
私はほとんど農作業はしませんでした。(もっともしろかきの役にはたたないんですが私)

夫と、一緒に帰っていた息子は おもに草刈り。田の畔を刈ったあとは、畑に出動。
uekaramesenn.jpg
家の裏の畑で刈った草を集めているところです。
海渡さんと私はタカミノケンブツ。そうそう蕗はもうちょっと伸びた方がいいので残しておいてとの母の言い付けでした。手前は玉ねぎ。もう直径3センチくらいになっていますが、
「今、玉が太りょーるさいちゅうじゃ」とのことで、すこーしだけ抜いて食べることを許可されました。

(玉ねぎは、最後には芽が出て何個か捨てるんだから、食べることができる状態だったら早くから食べていたほうがいいようなものですが、
母にとって、収穫の時期はやはり一番おいしいとき。それを茎の状態から見極め、収穫。
新玉とは若いというか幼い玉ねぎ、というわけではなく熟した玉ねぎの収穫したての頃をいうのだと解釈。)

さて、5月3日には、大佐にて今年初めてツバメをみました。

★岡山のあの場所にはどうかというと
つばめ
6日、来ていました。尾が見えます。岡山市表町、JTBの隣の「手もみ屋本舗」のところ。中銀本店前で信号待ちをすることがあればそーっと見上げてみてください。
糞が落ちてくるかも・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こうして、連休は終わりました。おじいさんの米寿のお祝いをしたのは去年のこの連休でした。
総勢21名が集ったのには負けるけど、今年も入れ替わり立ち替わりで賑やかだったよ、おじいさん。
田ごしらえはできたからね。今週末は田植えです。

「田植え」時分①

あっという間に5月!12日には田植えです。
連休前半の4月28日、29日は田ごしらえをしました。
 ※写真は水分補給中。犬にもよいポカリスエット
田ごしらえ2
28日午前、夫は畦の草を刈る。その間、私は「管理機」というエンジン付きの手で押していく小さな耕運機でトラクターがひけない田んぼの四隅と畦との境をひく。というか轢かせてもらう。
なんせ、管理機を使ったのは二度目、稲刈りのあと、一度トラクターで土を起こしており、でこぼこした田の中をヨロヨロ押して歩く。

午後、畦に残った刈り取った草を田の中に掻きいれる、トラクターで引くときに土の中に梳きこんでしまうのだ。
夫はトラクター。夕方までに作業を終えた。

母は、この日は田んぼに出ませんでしたが、
明日「私が「あと」をせく」(田んぼの水の出口に、溝というか堰のようなものをつくる作業。田の中の水を調節する。稲刈りがちかくなると「あと」から水を抜く)とたのもしく宣言。これはとても大切な作業なので、この田んぼをよく知らない「素人」にはできません。あとあとまで響くものね。

翌日29日、早くに母と夫は田に出る。私は顔に日焼け止めを塗ったり、防備をしっかりして後から出る。(昔のヨメなら考えられない)
そうすると、上の写真のように畦が切ってあった。

私が端だと思って管理機で引いていたところから10センチほど外が畦の境だそうだ。年月が経つうちにだんだん畦がへたってきたらしい。

ということで、夫がもう一度端をトラクターでひく。

そして周りの畦を整えて「あと」を作る。
並板を少し入れて、水に出る20センチほどの穴を数枚の板で塞ぐ。板を1枚ぬいたり、2枚抜いたりすることで水の量を加減するそうだ。これが「あと」だ と初めて知った。

そして、すでに水がきていたので田に水を入れる。
(構造改善され 川が改修されても やはり水は上から下の田に順番に取って行くのだそうです。)
田ごしらえ1
感激。いや、ひとつひとつの段取りが大切なのだわ。
母、月末には、満84歳。
小さな体で鍬を遣う。「こしらえをちゃんとしとかんといけんのじゃ。楽をするのと、いい加減にするのは違うからな」と頑張ってくれています。

そして、このあとは 水が入っている状態での「粗がき」
そのあと苗を植え付ける状態にする「代掻き」
これは 明日からの連休後半の作業。姉たちもやって来てにぎやかになります。

今回は私は「管理機」と「草刈り機」を使えるようになり、我ながら嬉しい。農作業は嫌いではない。
カンカン照りなのが辛いけど、これを言っては農作業はできない。あー でもいやシミとシワ。あー これを言っては農作業はできない・・・
私もがんばるしかないのだわ。

たんぽぽ
かわいいタンポポも雑草で、草刈りされてしまいました。
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