あれから3年

海渡さん、1月22日で3才10カ月になりました。(この写真のときは3才9カ月くらい。)
kaito201211
もう立派なおとなです。
201212kaito
走るのがいやになって、ディスクを投げてほしくないときにはこうやって足で踏んで私にとられないようにします。

ここまで育てられたなんて、3年前のことを思いだすと信じられないくらい。

あれは3年前、1月30日。もう海渡との生活に耐え切れなくなり、夫ともずいぶん話し合い、海渡を手放すことが決まっていた日です。

何をやらかしていたかというと、もうほとんど覚えてはないのですが、ちょっと無視すると、ソファに乗って手を伸ばし壁の電燈のスイッチをパンと切る。
人の顔を見ながらわざとシーシーする・・・・・
朝5時半になったら起きて、ケージを開けろと吠える。
とにかくたいへんで、へとへとになっていました。

30日、土曜日の朝「散歩が終わったらそのまま海渡を連れて行くから」と感情を殺して言う夫。(一番辛かったでしょうに)

海渡に手を焼いて「海渡なんかどこかにやって」「元の生活に戻して」と泣きわめいていた私は、手放すと決心してもやはり、オロオロ泣いてばかりでした。

でも、今も海渡はここにいます。手放す前日前々日と私があまりに嘆き悲しみ苦しむ姿に夫が「(手放すのは)やめた」と。またいっしょに頑張ろうと背中を押してくれました。

その後、とてもいい訓練士さんと出会い、別犬のようによく言うことをきく犬に変身。

相変わらず「いなけりゃ、もっと自由がきくのに」と思いますが、
毎日おしりをふって出迎えてくれたり、そっと寄り添ってきたり、嬉しそうに笑う顔を見てると飽きない ― 一日10回くらい「海渡、スキ」と言える。

よかったよかった。いっしょにいられて。
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『そ』・・・竹本健司の俳想ノート

俳想ノート
先日出来上がったばかりの『竹本健司の俳想ノート』

改めてページをめくる。41頁
「セーデ、ウチノカカーガ、ワシノ身ュー案ジテナー、『チート、ヨケーナリンセエ』ユーテ、枕ァー上リハナェー、『ホ』ユーテ、ダエーテ、クレルケー、ホンノ、ツルーットスルグラエーノコッチャ」

(それで、家内が私の身を心配してなぁ。『少し横になりなさい』と言って、枕を上り口へ、『ほ』と言って出してくれるので、少し仮眠をする位のことだ)

まるで高校の時の漢文の書き下し文。

竹本健司さんは岡山県新見市出身です。
亡くなった父も「つるっとしとった」など言っていた。うとうとしていた かなぁ。
「上がりはな」も独特。国語の教科書に出てきて覚えた「上がり框」に近い。

・・・・・・『ほ』は「ほれ」と同じ意味で使われる場面も同じ。同じような言葉に「ソ」もある。これも「ソレ」からきているのだろうか・・・・・・
母を思い出せば必ず耳元に蘇ってくる、この「ソ」というなんとも短くて素朴な方言の温もり。

確かにうたたねをしていると父は「そ」と言って座布団やクッションを投げてよこしたっけ。
子どもの頃は厳しく、うたたねなんてさせてもらえなかったけど、私がおとなになってからは「そ」と言って投げた。
ぶっきらぼうで、少し押しつけがましい たった一音の「ソ」。いたわりの「ソ」。

竹本健司さんの『俳想ノート』には、
俳句への道、現代俳句の第一人者としての金子兜太さん、や藤田湘子との交友、教員生活(グアテマラの日本学校へ赴任もされていました)、日常 ― が気取りのないことばで書かれています。

『竹本健司の俳想ノート』は俳句には厳しく、自然や人にはとてもやさしい。

1月19日 空を見て思うこと

1月19日、土曜日2時過ぎの空
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その1~2分、いや5分後くらいかもしれない空
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雲が流れてるんだなー・・・・・・ 
マンションの消防点検が終わって床に転がってみた。吉備人事務所が津島南だったときにあった観葉植物のドラセナは、どなたかからの頂ものだった。瀕死のところを救出、移植し、細く長くここで生きている。

消防点検は各部屋の警報装置をみるので全部の部屋を片付けておかなくては、私の場合、日常のままではちょっと恥ずかしい。
片づける時間を計算して午後1時~をお願いした。午前中一生懸命片づけた。

消防点検の人が来ると、海渡が吠える。「わかった。もういいよ。怪しい人ではない」といってもなかなか止まらない。数分のあいだ神経をつかって、どっと疲れた。

なので、ちょっと寝転んでみた。

犬も疲れていっしょに寝転ぶ
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海渡、おひさまに干した布団のようにとってもいい匂いがする。

洗濯日和。
そういえば、子どもたち洗濯機を買い替えたっていってたな。
娘は「プチドラム」だとか「ミニドラム」だとかいうので、息子はなんだったっけ。
二人とも大学入学時に買ったものが駄目になったそうだ。学生時代は外に置いていたから傷むのも早い、買い替えは仕方ない。
うちのは、日立のニューロ&ファジーだとかいう時代を感じさせるもので、15年は使っている。脱水のとき水がきちんととまらないという症状があり、水漏れしては大変なので家にいないときは使わない、ちょっとだけ注意が必要なものになってきた が 洗濯機は高いからまだ使う。

青い空を眺めながら、しみじみ思う。洗濯機、子どもたちが自分で買えるようになってよかったなぁ。

2013年版目録作成中

2013年版の目録を作っています。
2012本
これは2012年1月から1年間に発行した本です。
『古代史事典』を除くと、上からほぼ発刊順です。手前は1月15日の山陽新聞朝刊。無事広告が掲載されました。
左側は非売品・・・・・・書店で売らない本です(一番下の『岡山今昔写真集』は樹林舎から発行、販売してます。吉備人は写真撮影など制作にかかわりました)。
2013年版図書目録は2012年版にこれだけの本のデータを加えます。目録は5年前から同じ体裁にしているので、上に足していけばいいだけなのですが、当然一冊ずつの確認が必要。本の内容説明も限られたスペースに入るよう考える。
フォーマットはできているから、エクセルで書籍の文字データをつくり、後は印刷屋さんで組版から作業してもらいます。昨日初校ゲラがあがってきました。この段階では、文字数が多すぎたり、間違っているところがたくさんある。校正して印刷屋さんに。
かなり、集中したので目はしょぼしょぼ、お尻が痛い。

今日、直したものが手元に戻ってきて校正。目はかなり辛く、お尻の痛みは足の痺れに広がる。
目にくるのは老化の証・・・ぱっちり開けていられません。
お尻の痛みに耐えかねて、緩和されるかどうかは分からないけれど、天満屋に座布団買いに走りました。

一冊一冊の本は、平均200頁を超えるゲラが、著者、編集者や校正者、印刷所を何度も行き来する。この写真の本たちもそうして出来上がりました。
著者、編集者や校正者、印刷所のみなさん、目は腰は肩はお尻は、大丈夫でしょうか?

厳寒に谷川で洗濯をする

雪の岡山道 ここは高梁サービスエリアちょい手前
2013115
イヌはヨロコビ庭カケマワル
2013yukino kaito
1月中旬 ― この季節だなぁ と思う。

私は2月5日生まれ、姉は1月28日生まれ 厳寒に生まれたわたしたち姉妹。
この間 母に尋ねてみた「なんでこんな寒いときに生んだん?」

それは、もしかしたら計画的なもので、農閑期のこの季節に生んでおけば3月くらいには(母が)農作業にでられるようになる、田ごしらえ、田植えもOKと、農作業ダイアリーに合わせたものかもしれない と私は考えたからだ。
(もすこし言うと、上の姉は4月下旬に生まれているので、「いそがしい時に生んでしまった」と、母は嫁として肩身がせまかったから、つぎはひまな時期に生もうとかんがえたのかと・・・・・・付け加えれば、私の娘は5月生まれでわたしの産後の手伝いのため、母はその年の田植えができませんでしたから)

母の答えは「そんなん知らんわぁ」・・・・・・ちょっと恥ずかしそうにそう言った。
なんだ、そうか。

勝山の(私の)おばあちゃんが産後、うちに手伝いにきてくれたそうだ。
当時、水道は引かれておらず、我が家には小さな池しかなかった。おばあちゃんは谷川に行き、その流れでおしめを洗ったそうだ。この季節の谷川の水で! 冷たいを通り越して感覚もなくなってしまう。氷水。
おしめは布製で、浴衣やネルの着物をほどいて縫ったもの。おしっこやウンチが付いていれば洗うのも手間どり、さらに絞るのも手だ。
おばあちゃんは「あんたんとこの川の水はほんとに冷たいなぁ」と言っていたそうだ。その川は北から流れてくるので余計に冷たい。

冬、おしめは乾かない。当時ストーブもない。
「どうやって乾かした?」
いろりがあり、その周りに盾のような台を作ってもらい、着物の板張り仕上げの要領で乾かしたそうだ。

今から50数年前の話、物心ついたときにはいろりはなかった。

でも、谷川には今も冷たい冷たい水が流れている。おしめを洗っている人はさすがにいません。

記事掲載&広告掲載!

広告原稿作りました。
2013山陽
1月15日(火)山陽新聞1面記事下三段に書籍広告します。見てくださいね。
昨年1年間に吉備人が発刊した書籍です。30点あります。

今、2013年版の目録作成中です。2012年版に上記1年分の書籍が加わり、これまで18年間の吉備人出版の市販本は約450点になります。
目録は1月20日頃に出来るはずです。
もっと早く、できれば2012年内に作らなければならなかったのですが遅くなってしまいました。

7日が本格的仕事初めでしたが、この1週間は12月末に残していた事務的なことや、広告原稿やらで結構大変でした。夜は眠くて眠くて、このブログも1週間書けませんでした。残念。

休み明けから嬉しいこともありました。
それこそ年末に共同通信の記者の方から「登山詳細図の件で確認を」なんていう電話があり、それは記事が掲載されるということだから、いつどこに出るんだろうと楽しみにしていたら、
まず栃木県、広島県、東京などの方から問い合わせが入りました。
共同通信は独自に取材した記事を全国の新聞社に配信するのでどの新聞で記事を採りあげてもらえるかは分からないのです。

昨日は産経新聞社東京から「電話番号の確認でお電話しました」という電話をいただき、今日掲載されたそうです。詳しくは 今回の共同通信の取材も受けてくださった踏査・作成者である
登山詳細図世話人の日記をご覧ください。
踏査の様子なども必見です。

あけましておめでとうございます。

皆さま、あけましておめでとうございます。
海渡雪の中
雪原の犬・・・1月3日の海渡さんです。
やはり大佐は雪が降り、3日、4日と北房インターから西は冬用タイヤ規制が出ていました。
海渡のとーさんは、2日同窓会で倉敷に行き、3日に大佐に戻ってきて、4日は朝9時半までに岡山に出勤するという予定になっていましたが、
どうも4日の朝、凍結しそうなので、3日はもどって来ないことにしました。
案の上で、つるっつる。朝7時半に散歩に出ましたが、凍っていたので海渡さんのリードは持たずに歩きました。
まぁ。こんな感じで誰も歩いていないし、人が居ないし、いいのです。

朝1時間、午後は4時前から1時間、たっぷり散歩。冬の夜は真っ暗というより”黒”の世界。何も見えてこない状態になるので午後は早い時間からの散歩です。私も気持ちよく歩けました。

しかし、私は大佐に居る間、できていない広告原稿が夢にでてきてうなされました。昨日からぼつぼつ仕事。明日は本格的に仕事初め。
皆さま、今年も吉備人、海渡ともどもどうぞよろしくお願いいたします。

2013かいと外は冷えますが、暖房の入っている部屋はとても暖かいので犬はこのように寝ます。疲れたら寝るらしいです。鼻の頭の傷は山に入って野茨にひっかかったときにできたみたいです。
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