お葬式や法要

1週間前の日曜日、岡山道高梁サービスエリアで雲海を見ることができました。そしてそこで売っている「雲海ロ
ほわほわした感じは雲海そのもの。味もよしです。
雲海ロール

一昨日、父の四十九日の法要が終わりました。
遺影のバックは空色に加工していますが、元の写真は紅葉でした。5年前の11月18日足守の「近水園」に行った時のもの。元気だったのにな。

お葬式も法要も、準備や式そのものにバタバタするばかり・・・・・・。亡くなった父を悼むということができませんでした。式の進行についてお坊さんは何も言ってはくださらないし、当家がお坊さんより先に仕切ってはならないし、近所の人も坊さんをさしおいてあれこれ指揮できるわけでもないらしく
喪主やら家族やらだけが動きまわっている。来ていただいた方にも申し訳ありませんでした。

「とにかく済ませた」という感じが残り、なんだかなぁ・・・。父のことを誰かと話すなんてこと、法要の会食の席でも一言もできませんでした。そこがちょっと悔しい。

皆、こんな経験をするから身内だけでという式が増えるのでしょう。
ゆっくりと落ち着いてお別れをしたいと思うから。
故人のことをよく知る人語りたい。思い出話を聞き、私は父が家を離れてから亡くなるまで、どんなに頑張っていたかを伝えたい。

お葬式になると、まず組の人に集まってもらい、葬儀委員長を立てていろいろな役割を決めます。お寺さんに伝える人、役所へ届を出す人、当日の受け付けは今も同じです。

何十年か前のお葬式のときには墓穴を掘ることや、御棺の飾りをつくるという準備もありました。女の人は大釜や茶碗を揃えて勝手仕事をしていました。
式の当日には案内や受付などなどの世話役をつとめ、3日くらい組の人はつきっきりの様子だったのが記憶にあります。火葬になってからも墓穴を掘ることと御棺の準備以外は同じで、つい5年ほど前まで、自宅での御膳の準備などもしました。
手伝いにも行ったことがありますが朝早くや夜遅くまでたいへんでした。ずっと人が居て酒や食事もつきものなので当家の人も大変だったと思います。

先日、お坊さんが、「最近は、檀家が少なく檀家の家族も少ないからお布施だけでは食べていけない。副業を持たないとやっていけないという実情がある」と嘆いておられました。お坊さんも人間ですから兼業は時間的にもきっときつかったのでしょう。
そんな時間と手間をとり、皆仕事も休めないしたいへんなことだからその役割を代わってやってくれるセレモニーホールができました。私の実家の町内にもでき、葬式や四十九日はここ1~2年でずいぶん変わったようです。

そして、こうしてああしてと葬儀を指揮してくれるのも、受け継ぐべき仕事の見当たらなくなった組の葬儀委員長さんやお坊さんではなくではなくセレモニーホールの役割になったみたいです。
組や寺のことを軽んじているわけではなく、そうなってきている、ならば「式は身内だけでも・・・・・」と思います。

厳粛な葬列というのも重々しくてよいですが、それはもうとても無理で、母も「私のときには今頃よう言よおる家族葬いうのでええわ」なんて言っています。

★父はにぎやかなのが好きだったので、父の葬儀や法要はこれで良かったのかもしれません。
私に、もうちょっときちんとお別れがしたかったという感情が残っただけで、無事仏さんになってくれてたらそれでよし にしてね。
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岡山城から見えるもの

岡山城1
岡山城に行きました。
修学旅行生らしい男子グループ7、8人が観光ボランティアの女性に付いて歩いていました。めずらしい光景です。

短めの詰め襟の制服を着て、ズボンの後ろポケットから財布がのぞいています。「腹減った」などと、ちょっと私語多くない?
と思いつつ横を通って行きました。彼らとボランティアさんの距離は3メートルくらい。

そのうち、ボランティアさんが「もう少し早く歩いた方がいいよ」と彼らに注意しました。

用事を済ませて岡山城の事務所を出ると、天守閣前広場で彼らとボランティアさんが別れたところでした。
秋田から来た高校生だそうです。岡山城をコースに選ぶとは渋いなぁ・・・・・・。

岡山城から
お城の中段から県庁を見たところ。
県知事さんも替わったんだ。
昨日、「教育は非常事態だ」「教育の立て直しが最重要課題だ」って言っているのをテレビで見た。

今、私のこどもは28歳と26歳 どちらも未婚だから孫もいない。
”教育”からは随分遠ざかってしまった。あの子たちが中学生だった頃には、学級崩壊とよく言われた。授業妨害や生徒からの暴力、いじめ・・・
いいんかなぁ こんなに休みがふえちゃて とか 高校入試や大学入試が自己推薦だったりした「ゆとり教育」のこどもたちでもあるけど。非常事態とはそのとき以上のことで、学力の低下っていうのが今一番の問題なのかなぁ。

”雇用””老後””介護”は私にとってはうんと身近なんだけどなぁ。

四十九日まで〈その2〉

★今日はかなり降った。大佐に帰った。一日中薄暗くて、4時半ごろ来られたお客さんが「こんばんは」と言った。
南天

四十九日のことで葬儀屋さんと料理屋さんとお寺さんに相談する。

料理屋さんには電話で お膳の数など。
何人ですか?会席にしますか?パック膳にしますか?いくらのものにしますか?
茶碗蒸しとお吸い物はサービスです。お赤飯は別途525円かかります。
仏様のお位牌は飾られますか?会場は椅子席で。
など と話す。

お葬式をお願いした地元の葬儀屋さんには家に来ていただいて、四十九日の法要に必要な花束、一升餅 他をお願いし、会食に付けるパンや果物、満中陰志の相談をする。

パンと果物は、一軒の家に1セットでいいと認識して計算していたら、母が葬儀屋さんとの話のときになって「一人につき1セットだ」と言う。
「何でわたしたちと確認していたときに言わなかったの?」と責めてしまう。
シュンとしてしまう母・・・もう切ないんだから・・・・・・
葬儀屋さんに満中陰志、家から会食会場までのバスの手配、あいさつ状、満中陰を迎えたという手紙の発送をお願い。
当日お墓に持って行くものなども教えていただく。

なんとかなりそうだ。

お昼にはお坊さんはお留守だったので、分からないことを夕方電話で尋ねた。

当日、
会食の会場に位牌はもっていくのですか?
ー 当家にお任せします。
10時30分からの法要だったら、バスは何時頃に来てもらったらいいですか?
ー 11時半には待ってもらっていてください。
納骨のとき、骨はお墓の中に、甕のまま納めるのですか?晒の袋に入れて納めるのですか?
ー 代々墓は甕で納骨するとそのうちいっぱいになってしまいますから、晒袋のほうがいいでしょう。土にも早く還りますから

など。

当日は石屋さんにも来ていただくようお願いはしたし、仏具屋さんから今日塗の位牌と座布団が届き、桶も用意した。

人が来るとワラワラ動揺する海渡さんは、訓練士さんにまた預かっていただくようお願いした。

まぁ なんとかなるでしょう。

四十九日まで

★県庁の紅葉
keyaki
★あと2週間経つと父の四十九日だ。
お坊さんに「何を準備したらよいですか」と尋ねると 戒名を彫った塗りの位牌を準備してください と言われたので、それは仏具屋さんにお願いした。
納骨する代々墓の石に名前を刻むのも石屋さんにお願いした。
法要の出欠も母が確認した。
あとは会食と香典返しなどの準備。。。。

家でお葬式をしたのは、最近でも42~3年前。
そのころとはものすごく違う。
だって土葬だったりもしたから、納骨なんてないし、会食は家でするのが当たり前だった頃。お坊さんも代替わりしている。
近所のお葬式や法要もしきたりも、お坊さんの考え方も年々変化してきているようで、母も「う~ん・・・」と唸る。
そんなよく分からないなか、四十九日は亡くなった人にとって大切な日なので、手抜かりのないようにと若干緊張。

”四十九日までの間、七日ごとに閻魔大王による裁きが行なわれ、最終的に極楽浄土にいけるかどうかの判決が下されるのが四十九日目だと言われる。
閻魔様に少しでも良い判決をしてもらうために故人が生前に行なった善行に(ぜんこう=よいおこない)、遺族が祈ることによって善を足す、善を追加するという意味で「追善法要(ついぜんほうよう)」と呼ばれます。”

ということです。

ひいき目かもしれませんし、好き嫌いはありますが、おじいさんは基本的に善い人であったと思います。戒名にも「澄徹」ってはいっています。基礎点は高い方だと娘は思っています。
プラスしっかりお祈りして、極楽浄土に行ってもらわねばなりませんね。

よい四十九日が迎えられますように。

雷が鳴ってます。

寒いですね。吉備人では今日初めて暖房をいれました。カチカチになって動きが鈍くなっていたのが、なめらかになった気がします。寒いのも暑いのもいけません。我慢してると能率が落ちるみたい。

★夢二郷土美術館バス停のところに大きなイチョウの木があります。
てっぺんの方は少し色づいています。ここには銀杏が落ちます。
まだ少しずつ。
ぎんなん

★海渡さん1ヵ月のトレーニングを終えて帰ってきました。よい「付け」ができます。散歩は「お伴」だと思わせてください との先生のアドバイスです。
inemuriかいと
これは夜中の二時。私につきあわなくてもいいのに、横に座って居眠りしてるし・・・・・・
じょじょにペースを取り戻しつつありますが、昨日は河川敷でのトレーニングを終え、先生と分かれて家に戻ると私や夫にずーっと付いて回りました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あーーー!今、外は大雨になってる。
雷も鳴ってます。PCが危ないのでここで今日はおしまい。とりあえず海渡さんのいる生活に戻りましたこと報告します。

岡山芸術回廊と大誓文払い&本

ここは岡山城。
木のオブジェ
岡山芸術回廊の作品流木アート「のたうつ龍」。

10月から制作されており、まもなく完成するそうです。カメラのアングルがわるくて全体が分かりませんが、場内の幹や枝を支えに流木とワイヤーを使ってダイナミックに表現されています。直径3メートル以上はあると思われる龍の胴体がぐるりと岡山城中段半分くらいに置かれ、この写真からずっと繋がって左側に龍の頭の部分ができつつありました。十数メートルの長さがあるそうです。

活動内容は「岡山芸術回廊」のこのページで見てください。3人くらいで組み立てていましたが作業は体力がいりそうでした。
 ここを使ってのパフォーマンスも予定されているみたいです。

今日、私は岡山城内で販売していただいている本の補充にきました。
入口左手では『絵図で歩く岡山城下町』『おかやま歴史館散歩』『桃太郎は今も元気だ』『戦国山城を攻略する』『劇画 戦国武将宇喜多四代』など、二階のショップでは『光政と綱政』『岡山後楽園の春夏秋冬』を扱っていただいています。

本日は3アイテム合計25冊の納品でしたが、本を持って石段を上がるのは相当腰にこたえました。トホホですが注文いただけるのは非常に嬉しいです。岡山城は明日からの「岡山芸術回廊」のメイン会場です。「おかやま文化」を発信する岡山の本を買ってくださ~い。

表町の吉田書店と天満屋地下の精文堂にも新刊『臥禅のすすめ』『創業100年企業の経営理念』など納品。
こちらは「ええじゃないか岡山大誓文払い」。表町商店街はワゴンセールで賑わってました。本屋さんにもぜひお立ち寄りいただき、ここでも吉備人の本を買ってくださ~い。
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