2月28日 吉備人棚卸し中

zyuriann ★ここ3日間 寒いですね。
吉備人事務所では昨日より棚卸し作業が続いております。
事務所の約半分を倉庫スペースに使っており、そこにいっぱい本が入っています。
いっぱい というのはどれくらいか?

棚卸しというのは、約400アイテムの書籍の在庫確認をするので、エクセル入力して総数を出せばすぐなのに、考えてみればその計算はやったことがない・・・。
決算では、在庫は資産だから金額を出しますが、総冊数というのは必要がないからです。

どれほどでしょうね。今年は出してみます。

棚卸し作業というのは自分でいうのもなんですがたいへんです。
新刊ができると入庫し、著者に納品、それから取次店や書店、吉備人へ直接注文してくださった方へ届けます。
そして、16年間につくった400アイテム以上の本が常に倉庫に出たり入ったり。入ったりには新刊出来! という喜ばしいものだけではなく、返品という呪わしいものが。
はげしく傷んだものは廃棄します。でも多くは倉庫の中で、出戻りでも受け入れてくれる人を待ちます。

だから、いつでも倉庫はいっぱいなんです。そして整理整頓をしないので乱れてもいます。
そして、棚卸しのときに一気に片付けをするので、たいへんになります。

とすると、たいへんというのは 棚卸しそのものではなくて、片付け ってことなんだ。。
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棚卸し間近!

inemuri 今日は春みたいな日で、窓を開けると花の香りが漂ってきました。
海渡さんはウトウト。ふかふかの毛の中に顔を埋めると日向の臭い。いやな顔もせず、しばらくそのままにさせてくれました 

木曜日に病院に行きました。
いっしょに入院生活を送っていた方と待合室で会いました。

私は12月1日に退院しましたが、その方は年を越して1月30日に退院されたそうです。
出勤途中に自転車が窪みにはまり転倒。2箇所骨折。膝から下がひどく腫れ上がっていました。私より2カ月も長い入院!3カ月間入っていたそうです。
彼女の縫ったキズは入院当時に比べると各段にきれいになっていましたが、今でもその部分に感覚がなく、膝は曲がらないそうです。退院から3週間あまり、杖をついてまだゆっくりゆっくりの歩行です。結婚式場のガーデニングの仕事をされているそうですが、膝をついた状態から立つことができず、仕事にまだ復帰していないと言われていました。

私はというと、先生からは、3カ月が過ぎた、今の腰痛は患部を使わなかったために起きているようなので、
・目覚めから就寝まで装着しているかちんかちんのコルセットを半日くらいはずしていきましょう。
・筋肉をつけてサポートしましょう。
というアドバイスを受けました。
コルセットは その部分を保護し使わないよう作られているので、その部分は3カ月休眠状態にあったということで、
そこの動作を今度は慣らしていくらしいです。水泳などがよいんですって。

会社は 2月末棚卸し、決算業務に入ります。
今日からボチボチ片付けを始めました。古い資料や手持ちの本を廃棄・・・現在一人二本のスチールラックを所有していますが、1本に収めるのが目標。
フロアの半分を占めている倉庫の本も整理して数えなければなりません。大変な作業で、地道にやるしかありません。
腰 頑張れよー と励ましているところです。

「塩鮭の頭と大豆の煮物」

だし巻き ★だし巻きたまごです。最後にペーパータオルで形を整えました。まるでオムレツみたいですね。
巻き簀は昔持っていたけど、結婚後二度目の引っ越しくらいで捨てました。一度目の引っ越しというのはいわゆる新婚さんで「巻き寿司」なんかも作る情熱とチャレンジ精神があったのでしょう。
「百均」でも買えそうな物ですが、巻き寿司を自分で作ることは ー たぶんないなぁ。
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母はよく「あのとき○○しとけばよかった」という。
先日帰ったときには「おじいさん、最初の入院のとき、もう1カ月ほど長く入院しとけばよかったなぁ」と言った。
「なぁ」と同意を求められてもまったく賛成できないので
「それは違う。呆けるし筋肉が衰えてしまう」と答えた。

たとえ、それがそうだったとしても取り返しがつかず、次に活かせなければただの「後悔」。口にしても決して意欲がわくことではないのです。

母は元来、前向きな人です。
おじいさん入院発言と同じ日、帰る私たちのためにおかずを作って待っていてくれました。
その一品「塩鮭の頭と大豆の煮物」。

新聞掲載のレシピを見て作ったのだそうですが、大豆のところを同じ大豆でも「黒豆」に替えたのですね。大豆より豆としては黒豆の方が上等だし味もいいから。

そうすると、出来上がった料理は”黒い”・・・
一口大の黒い得体のしれないものとつやつやした黒豆をお皿に盛りつけてくれました。味は確かに魚の味と豆。
栄養的にもとても良いし、お正月に食べるような黒豆の煮豆みたいに甘くないので太らない感じ。
でもね、見た目がね。
「やっぱり白大豆にすればよかった」と言った母。
これは、反省。
次に「塩鮭の頭と大豆の煮物」をつくるときには、白い普通の大豆を使えるものね。

後悔、後悔、後悔。。。。私にもいっぱいある。きっと母にはもっといっぱいある。でも、そりゃーどうにもならん。

反省して前向きに生こうね。

氷の世界

2012219朝
2012年2月19日 大佐の朝 家の玄関の窓から。
外は零度以下、雪は少ないですが氷の世界。
イヌたちは散歩に行っています。今年はとても冷えるそうです。寝床から出ても寒くて何もする気が起きません。

チューリップ ★2月18日 岡山一番街。
大佐の家の庭にチューリップが咲くのは連休頃。
春が待ち遠しいです。

”すぐ”は意外と遠いのです。

県庁通り 川崎病院は、茶色い建物の中央郵便局と白いはるやまの建物の間を右に入る・・・・・・・・・・・・・・・・

★県庁通り、眼鏡のアルクの前で、ワタシの母くらいのおばあさんに声をかけられた。
「川崎病院に行けなくなってしまった」「どこかなぁ?」と。
女性は、ご主人が入院中で着替えが足りなくなり、天満屋で買って病院に向かうところだった。
聞けば天満屋の中でも、売り場が分からず、3階だと思ってたら5階に行ってくださいと言われて迷い、店を出て今度は方角を見失ったらしい。

右、左と言って案内するのも難しそうだったので、信号を渡り、郵便局の所までいっしょに行った。
女性は杖をついており、足が悪い。道々しきりに「天満屋からすぐじゃ思ようたらこんなに遠かったかなぁ」と言っていた。
上の写真で見ると、県庁通りをまたぐ通路のところが天満屋。慣れないところでお年寄りの足では、結構あるかも。歩調を合わせていると普段の倍ほど時間がかかった。

「この路側の線に沿ってまっすぐ行けば、右側にあります」と伝えて、とてもとても感謝されて別れた。

この後、中国銀行本店を過ぎたあたりで、肩に段ボールと茶封筒を抱えた男性に声をかけられた。
汗はだらだら、息も切れている。
「県庁までは あとどれくらいかかりますか?」
「5分ちょっとくらい」(10分弱といったほうが正しいかも)と答えた。
肩に載せた段ボールというのがさほど大きくない割にたいへん重そうで、
男性は「ひ~・・・5分も・・・」と肩を落とした。

この人は岡山駅に降りて、「県庁はどこですか?」と誰かに尋ねたら、「すぐです。歩いても行けますよ」といわれたのだそうだ。城下の方から歩いて来られたから、かなり距離がある。

「信号2つ見えますよね。次の次の信号のところですから」
「次の次か・・・」
はぁーっ と息を吐いて、歩き出した。二つめの信号にたどり着いて、県庁入り口まで意外にある。「まだ先かよ」と思うかも。

すぐって感覚は人によって違うから時間じゃなくて距離を尋ねるほうがいいですね。

そんな、二人に出会った日でした。ぶすっとして歩いてたらきっと声もかけられないだろうから、私に余裕の表情が見えたのかしら。
としたら、うれしいことです。

探しものだらけ

バレンタイン イヌにチョコは厳禁だけど、甘くて苦いチョコの香りのするロープトイ。バレンタインの今朝、プレゼント
デパートでもケーキ屋さんでもスーパーでもきれいに包まれたチョコレートがいっぱいならんでいました。
たくさん余ると思うのですが、どうするんだろう?回収してもう一度成形するなんてことはないよね。
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ところで、ここのところ探しものがみつからなくて ーさっきもずっと探し続けていた。
医療費控除の請求を思い立ち ー
平成21年分は歯医者さんに通ったので医療費たくさんかかった。領収書は抜けてるかもしれないけどまぁ揃えた。
ところが、源泉徴収票が見つからない。
給料支給明細書は一度も捨てた覚えはなく、封筒に入ったままのものも出したけど、無い。その前後、20年22年23年はある。

23年は入院したので保険なんかで補填された分を引いて10万超えるかどうかというところだと思うのだけど、
今度は領収書がない。
確か生命保険の請求をしたときにコピーを付けた。コルセット代が少し戻ってくるのも書類に領収書を付けた。・・・・・・どちらもどこかに消えてしまった。

おじいさんの医療費控除に施設の領収書が必要だから、とっておいたものをならべてみたけど、11月が抜けていた。引き出しをひっくり返し、おじいさんグッズ紙袋を必死に探したけど、無い。
こちらはひと月分だったので施設に再発行をお願いした(525円かかった)。

昨年暮れ、年末調整のときも確定拠出年金の納付履歴のはがきが見つからず、頭がおかしくなるくらい探して結局再発行してもらった。

とっておいたほうがいい と思ってレシートやらクレジットの控えやらもとっておく。DM以外の自分宛のはがきは捨てたことがないくらい。
お医者さんの領収書なんてとって置くのがもちろん常識よ。

”とっておく”だけで整理することはないからこのような事態になるのだ。
わかってはいるのだけど、なんでかなぁ。肝心のものがなくなるのよ。どこかに紛れてるのでしょうか。捨てた覚えはないんだけど・・・。

★ブログのカウンターがちょうど90000になりました!読んでくださってありがとうございます。

吉備人の広告です

★左 読売2.15付突出し広告 ★右山陽2.14付突出し広告
2.15読売突出し 2.14山陽突出し
あす、あさって、山陽新聞と読売新聞の市民版に広告します。
梅に鶯&きびっとちゃん のイラストは Photoshopで配置していたときはよかったのに、入稿データでepsに保存しなおすとバックの白がでてしまう。
Photoshopで透明にしたのに なんでかな~なんで~ と悩み何度やってもダメで、娘に電話してききました。
「なんで、せっかく背景を透明にしたのに元に戻るのよ
「epsは透過情報が入らないから」
「えー何年もやってきてそれは知らんかった」ていうか、そういう場面にあっても、時間が無いからという理由で解決をせず、バックに白がくっついてくれば、邪魔にならないところにイラストを配置したりしてしのいできたのだと思う。まぁ、別にepsじゃなくても・・・とか。が、完全データで といわれるとそこはごまかせない。

これは、多くの人が一度は困ることみたいで、教えてgooから検索したけど、[常識]であって、ちゃんとPhotoshopのヘルプにもわかりやすく説明してあった。
なんとかかんとか解決できて、無事透明画像として配置できました。よかったー!賢くなったぞ!

そして、夜自宅に戻ってMac。ill8で開くか確認を。
保存しいたCDを入れてクラシック起動中いつのまにか画面が真っ暗。
再起動しようにも全く反応もなく、コンセントを差し替えてもダメで。もうこのMacは再起不能だと諦めた。
夫の愛機なので二人して激しいショックを受けた。
「ワタシのせいじゃないよ」といいつつもなんだかワタシのせいのようで、さらに これに入っていたあの日の画像はもう帰って来ないのかとか。

データの確認は翌日会社でもできるのだけど、時間に余裕がないのでとにかく出稿用にCDをつくらなければ=
今度はWinに向かった。幸いに元データはUSBに入れて持ち帰っていた。
修正してCDに収めて、「あれ?」
取り出せないの・・・何故だ・・・「取り出し」なんてきかないのだ。
この経験は前にもあったぞ、穴にピンを突っこむとか、いやもっとやわらかな方法があったはず・・
やっぱり「教えてgoo」
再起動時に取り出すというのでなんとか。もう一体何時なんだ。

ほんとにPCに振り回された一日でした。
こんなちっちゃな広告にも、お恥ずかしいことですがこんな苦労が。

そして、Macさんですが、翌日夫が別のアダプターを使ってみたところ、無事動きました。
よかった よかった。よかったねー。
梅ときびっとちゃん
★イラスト あさみ

寒い夜だから・・・

土曜日なので外でご飯でも食べようと6時19分のバスに乗るべくバス停に向かった。

真っ暗でよく見えないが先に待っている二人連れがいた。
若くやや幼い感じの男女で男子が女子の会見に触れているというのは見えた。
闇夜に浮かぶ男子のまじめそうな白いスニーカーが印象的で、私は気にもとめず時刻表などを眺めていた。

バスはめずらしくほぼ定刻通りに来た。

目当ての店に入り、夫が言った。
「あの高校生なぁ - 」
「はぁ?高校生じゃった?スニーカーというか運動靴みたいで中学生かと思った」
「キスしとったじゃろ」
「えー、見てないよ。肩を抱いているというか、髪を触っているのは見たけど」
「いやー しとった。あれは僕らがバス停に着くまでもやっていて、おっさんらが来たからやめたけど、それからまた、やっとった」

夫は高校生くらいの時をおもいだしたそうで、
今しかないんだ。やっとできる瞬間が訪れて、できるのは今しかない。次は確定できない、明日じゃダメ、今したい!女の子は人が来るからとか少しは冷静だけど、男はまいあがってしまってる。

と言った。海渡のマウンティング状態・・・・・・

女の子はコートを着ていて制服ははっきり見えなかったけど、夫がいうには(想像するには)高校3年生らしい。今までいっしょに勉強をしていて、帰宅の途、バスで駅まで向かうのだ。
片方へ電車で御津あたりに帰り、片方は北長瀬辺りに帰る。
仲良く語り合った図書館(古いかなぁ)、肩を並べて向かうバス停。暗闇。ローソンの灯り。誰もきませんように。バスが来るまでの一瞬。。。

おっさんたちが少しは目に入ったことでしょう。でも男子にはそれより大事なことがある。
バスが来なければいいのに。と思ったことでしょう。
残念でした。バスは思いがけなくちゃんと来たのです。

ウチの子たちはオトナになったんで、「まぁ高校生なのに!・・・」とわが子に重ねることもなく、なんだか冷静だったわ。わたし。
2012211kaito ★オレ 今日腰フリフリして母ちゃんに叱られました。今はこんな恰好で爆睡です。チ●チ●は自ら隠してるつもりです。

親子乗り自転車

中央郵便局
朝9時半頃の岡山中央郵便局前。車はほとんど通っていない。街路樹に葉っぱが1枚もなくて寒々しい ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・_

夕方バスで帰っていると蓬莱橋上をさーっと自転車で走る人を見た。
背中には子どもをおんぶしている。よろよろ走ると余計に安定はしないだろうけど、あまりにもさーっとだったので おぶっている子どももろとも転倒するという恐怖はないのだろうかと考えた。

私は一度だけ 長男といっしょに水路に落ちたことがある。
自転車の後ろに子どもが乗る荷台を付けており、そこに乗せて買い物に行く途中だった。
以前住んでいた富山地区は水路が多く水路沿いの道は細い。人や自転車がすれ違うのがやっとといったところだった。
そこで、すれ違い損ねて落ちた。
自分はなんとか。が、後ろに乗せていた息子はどうなっているのだろう。付属のベルトは着けていたけれど、自由が効かないからごーんと自転車で打っているかも傷だらけでいるかも・・・・・・恐る恐る振り返ってみた。
息子は、水かさもなかったので立っていたし、泣いてもおらず怪我もなかった。

友達も幼稚園の帰りに自転車とこどもといっしょに水路に落ちた。
幸い彼女たちも怪我はなかったけれど田植え時期、水路に水がいっぱい。水温も高くボウフラみたいなのが髪の毛についたり、どぶの臭いが家中に充満して大変だったと話していた。

今、チビさんを荷台に乗せて自転車に乗る勇気はない。なんか命の危険を感じる。
そういえば、その昔は子どもを乗っけてても下り坂なんかびゅーびゅー楽しく飛ばしてたから、若かったら平気なのかもしれない。

でも、水路とかじゃなくて、人のことに構わず走る自転車ドライバーも増えたから危ない、危ない。
若いといっても、皆さん気をつけてね。

誕生日ですから

taraba 今日はプチマリエで食事しました。ええ、誕生日ですから、夫がご馳走してくれましたとも。
以前「プチマリエコース」をセレクトしたら、ボリュームたっぷりだったので後から大変でした。口は欲しがるのですが、胃がついていかない。さらに年を重ねた本日は「オードブルコース」とワインで。これは「たらばがにのスフレ」です。
当たり前でしょうが、ぜったい自分では作れません。ごちそうさまでした。

プチマリエ 「プチマリエ」はこのお人形のように暖かいお店です。

娘からのおめでとうメール、何度か交信した最後に
「何かを始めるのに遅いというのはなくて、過去を取り戻そうとしないことがポイントらしいよ。お互い今日から頑張りましょう」と書いてきた。
しっかり励まされました。
息子は
「欲しいものがあったら言ってください」と書いてきた。
うーーーん何にしよう?母さんもう大人だから(子どもが大人になったのか)「気持ちだけでいいよ。自分のものでも買いなさい」とは言わない。しっかり考えて返事します。


誕生ケーキで私は幸せ

ケーキ
★もうすぐ私の誕生日。少し早いけど吉備人で祝ってくれました。
(プレートには私の名前もちゃんと書いてありましたが、すみません隠しました。)

50代もすっかり板について、「50代タケナワ」って感じです。
これが 57歳くらいになると、「60」という数がうんと近くなってしまうのでしょう。

50歳になったら髪の毛はうんと短くして、もちろん明るくカラー入れて、シャツとジーンズで身軽に働きたい と言ってました。 むかし - というかつい、4,5年前。
50という年齢になっている自分がとても楽しみだったような気がします。

だから、不調の部分の治療をちゃんとして、歯医者さんにも行って元気に50代に突入するつもりでいました。
専門医でめまいや静脈瘤の治療をし、歯医者さんで歯の詰め物を治したり1カ月に一度定期的に行きました。

が、数年経った今、元気ではないなぁ。。。
外見も相変わらず髪は黒く長ったらしいし(美容師さんに、「切りますか?!切ったら元には戻りませんよ」と念を押され 怖気づいている)、シャツとジーンズどころか ガチガチのコルセット姿だし。

そして、自分の体だけではなくて回りの人も同じように傷んでいく。
それが高齢になればなるほど、ひとつ年を重ねるごとに「アレ なんか調子ワル」だったのが、ひと月ひと月になり、一日一日が違っていく。
微妙な状況になってきて、私は気持ちも体も忙しくて、”楽しむ”ことがなくなってしまったなぁ。

2年後の55歳の自分にはワクワクしない。困ったものだ 

でも 誕生日、おめでとうっていってもらうとやっぱり嬉しい。ホールケーキが食べられてなお嬉しい。なので、私は幸せ者だと思います 
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