病院で会った人たち

クリスマス クリスマスですものね。
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病院にはいろいろな事情のある人も入ってくるようだ。
奧のベッドにいた人は特別室待ちだったらしく私が入った次の日、移って行った。見舞いに来た娘さんがゴージャスだったししている話も「おじいちゃんに薬出してもらった」とかお医者さん?とにかくお金持ちそうだった。

入り口にいた女性は長いこと入院しているのにお風呂に入るのを嫌い、臭いもするので看護師さんを困らせていた。31歳の娘さんが、市民病院の見舞いに来ていて知り合ったしょうもない65歳の男の所に行ってしまって帰って来ない。「娘は優しすぎるの」と何度も何度も繰り返した。
この女性は、ある人にはたばこ代をねだり、私には「売店閉まってるから」とティシュをもらいにきた。
翌々日同じ棟内の別室に替わった。

替わって入ってきたのは69歳だと 看護師さんに答えていた人。
早朝の出勤途中ぜん息の発作を起こし、自分で救急車を呼んだそうだ。「酸素マスクがどうだ」「薬がでない」とか「こんなんじゃ病院に来た意味がない」とまで ぶつぶつ言ってたと思うと、
仕事のシフトの都合がつかないからという理由で次の日退院することを申し出た。
お医者さんと状態と治療について話し合い退院は認められた。ところが同居しているお孫さんが、その日は休みで出掛けるから鍵がない、自分は合い鍵は持っていないから、やはり退院はできない と言いだし、
病棟のスタッフも事務の人も???となってーーー

結局、次の日に退院することになったのだけど、入院費の支払で
「私は救急車で来たからお金は持っていない」
「そうですね。では後日支払っていただくよう手続きをします。国民保険健だったら住所とお名前と生年月日でわかりますから。いつ持ってこられますか。」
「仕事があるから なんやらかんやら」といろいろ言ってるうちに
書類を持ってきた事務の人が
「○○さん10月○日にも救急車で来られてますね。そのときのものも未払いになっています」とやんわり。看護師さんお医者さんがベッドを囲む空気が変わった。

女性は 何日に支払うと約束し、一人で退院していきました。
切ないなぁ。
が、詰め所の前で、「お世話になりました。また来るかもしれません」と言ってエレベーターに。
たぶん 本当に病気は辛いのだろうけどね。
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市民病院のこと

イチゴとお花 そうね クリスマスだね。いただいたお花には苺も添えられ、スイートピーの甘い香りと苺の香りと。

市民病院で、私の入った部屋は元は6人部屋だったものをパーテーションで仕切った3人部屋でした。
さくら道上に停めた救急車に収容されて、救急隊員の方が「今、受け入れてくれる病院を近いところから探しています」っていうのを聞いていたから、受け入れてくれたことだけでも感謝。部屋なんてどうでもよかったのです。
その部屋はベッドからポータブルトイレがやっと置けるくらいの幅でカーテンが引いてあり、まるでテントか天蓋付きベッドみたいでした。

4階の病棟にはトイレは共同で二箇所。他の病棟はどうだか分かりませんが全体に古いので似たようなものだと思います。個室も元2人部屋だったところで、狭いから今は個室に各上げ(下げ)されたそうです。そこにもトイレは付いていません。
でも、共同トイレはいつもきれいに掃除されていました。洗面所に水が散って、拭けずにもどってもその後必ずきれいになっていました。

掃除をする人、ゴミを集める人、食事の世話をする人、風呂に入れてくれる人、検査に連れて行ってくれる人、看護師さん さまざまな人がそれぞれに親切で仕事熱心だったと思います。

1週間経って、シャワーを手伝ってもらい体を拭くために座る椅子に「みんなが座るから気持ちよくないよね」といってタオルを敷いてくれたこと、
「私、子どもが女の子ばかりで、こうして髪をとかしてやってました」と髪をドライヤーで乾かしてもらったときのやさしい手、彼女たちはどこで院内のどこであってもやはりにこやかに声をかけてくれました。

そして、もうひとつ。
おそろしい声と態度で凄む男性患者さんと、憎たらしいことばかり言う呆けたおばあちゃんがいました。
看護師さんは それでも処置をして、ご飯を食べさせ、下の世話をします。看護は人対人ですが、やはりその人の身体というか病気を看るということなのかと思いました。

市民病院は オンボロですが、よいところでした。

コルセット生活

★病院の昼食 11月20日 何かと思って献立表を見たら、麻婆豆腐でした。
マーボー豆腐
★病院の昼食 11月29日 ライスサラダ こんなのも出るのよ。
ライスサラダ

★オーダーメイドコルセット
入院したその日に 「コルセットを作ります。なるべく早く作って骨に負担をかけないで動けるようになる方がいですから」・・・・・・全然動けないのにどうするのかと思ったら、なるべく衝撃のないようにと看護師さん6人がかりでそ~っとストレッチャーに私を移し、そこからリハビリセンターへ。

平行棒につかまって腕の力で10分くらい直立せよという。もし作れなかったらベッドに固定して作る(?)のでトイレにも風呂にもいけなくなりますと言われ、リハビリ担当者さんと看護師さんに励まされながら必死に立つ。腰の骨に重みをかけないと意外にも立てた。
橋本義肢製作所の人(岸部一徳さんそっくり)が まず私の体にラップを巻き、石膏のついた包帯のようなものを(温かかったからたぶん)湯だと思われる物の中につけ、胸から腰に巻いていく。ヒモを一本胸から垂らしておき固まったらそれにそって切り型どり終了。オーダーメイド。
たぶん10分くらいの間だと思ったけど、平行棒につかまり見下ろす、岸部一徳さんそっくりの技士さんの頭には汗が。私の体に負担をかけないように、固まってしまわないように手早く正確に!

翌週月曜日 立派なコルセットができあがりました。胸から骨盤までを覆う、硬いよろいみたいなもの。プラスチックのようなもので中にクッション材がはいり5㎜ほどの厚みがある。カチカチ。
写真を公開したいところだけど、「ほらできたよ」とメールした息子に「グロい・・・」といわれたので控えます。
保護する目的と、動作を抑制する目的があるそう。

とにかく、今は寝るとき以外はそれを装着して生活。4月から10月くらいまでは耐えられないほど暑いそうですがラッキーなことにそれは避けられそうです。

ブログ再開します!

ブログのトップにスポンサーサイトが乗ってまして、仕方ないなと思いつつ少々焦りました。新しく記事を書くと消えるそうです。4階物干し場から これは市民病院の屋上から北側を眺めたところ。青いビルの2棟ほど後ろに左に中銀本店。青いビルの手前に大雲寺交差点から新京橋に続く道。退院する前の日くらいの写真です。
11月中旬はまだ秋だったのが、冬になった12月の初めに退院しました。
今は 少しずつ吉備人事務所に出たり、家で仕事したり ぼちぼちです。いろいろ心配してくださった皆様ありがとうございます。
歩けるし、手も動くし、口も動くし、薬は痛みどめだけです。胸から腰までのカチカチのコルセットを寝るとき以外は付けて、よい骨が出来るのを待つのみです。3カ月ほどかかるそうです。

★どんな 状況だったかというと、
朝 犬の海渡を連れて歩いておりました。家から出て数分、さくら道から河川敷へは2段構えになっています。
桜並木側の高い土手は長めの階段でふつうに「ツケ」で降りました。
このとき 海渡と仲良しのワンちゃんが河川敷に見えました。そこで下の土手、階段だと4~5段なのですが至近距離をと急ぎ、「海渡 行くよ!」草の土手を降りたのです。
海渡は普通に下に、一緒に降りるはずの私は途中で滑ったらしく 次の瞬間にはたたきつけられ「痛い 痛い」としか声がでませんでした。

足や手は動き、意識もはっきりしているのに うつ伏せになって体の真ん中は地面にピンで留められたように全く動きません。
仲良しワンちゃんの飼い主さん、出勤途中の男性、駆けつけてくれた吉備人のKさん(救急隊員さんと一緒にタンカを担いで階段を上がってくれました) みなさん犬やら私やら 本当にお世話になり、救急車で市民病院に運ばれました。

そこは、まさにテレビで見たER。ずっと声をかけ続けてくださり、意識がはっきりしていたのでなるべく痛くないようとても注意をはらってくださいました。
いろんな検査が終わった後、すごく美人の看護師さんが「さすが土手。草だらけよ」
と髪や服についた草や土をとってくれました。やさしかったなあ(後輩の看護師さんには厳しかったけど)

結果 「第一腰椎圧迫骨折」。外傷はまったくありません。骨のもろくなったお年寄りだと座っただけでも折れるところだそうですが、転落事故で折れる人も多いそうです。昔、アイドルの河合奈保子さんがステージからセリに落ちてケガをしたあれです。
入院中、リハビリで話をするうち、骨折だけでもいろいろなところがいろんな状態で折れた人がいて、私はこれですんでよかったというのが実感。

まだ多くの人に迷惑をかけていますが、元気という ご報告です。
事故後、餌を2日たべられなかった という 忠犬・海渡ももちろん元気です。
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