成長

07.2西川交差点
1年前の西川の交差点付近。右側、交番向こう側の産婦人科は取り壊され再開発ビルが建ち始めている。お決まりのテナント付マンションらしい。昨年撮りためていた画像を見ていたらこれがあった。
息子の卒業祝いと称して大阪まで押しかけて卒業を祝った居酒屋の写真や、「もう4人で出かけることもないよね」 と言って出かけた通天閣(長蛇の列で入らなかった)、大阪城の写真がある。そして、スーツ姿の写真、引越しの写真と続く。
1年はあっという間だ。息子は新しい環境で成長しただろうか。

一昨日パソコン関係でお世話になっているC社の女性が退職すると言って挨拶に来てくれた。3年前、SE兼販売ソフトの指導者としてにいろいろとわが社の状況に合うように環境を設定してくれ、私が使えるようになるまで週2回、1回3時間も付き合ってくれた。当時は新卒の新人さんだった。
そして3年が経ち、スキルアップして新たな飛躍を求めて転職するそうだ。
1日、ひと月、1年で少しずつ変化し、成長につながっているのだろう。
今日で1月も終わり。
私の年齢になると、できるようになったことも単純に“慣れ”でしかなくなってきた。私も、まだ成長できるのだろうか。
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雪景色

「家族」
「寒くないかい?」「寒いに決まってるわ、雪だもの」・・・旭川河畔にたたずむ「家族」の像。裸は寒そうだ・・・ブルリ絵文字名を入力してください

昨日、9時過ぎには雪がかなり降っていたので、凍結した今朝のことを考え歩いて帰宅。
ロッカーに入っていた帽子を被り、軍手をはめ、靴下の中にパンツの裾をねじ込んでさっさか歩く。ローファーがすべるのはどうしようもないけど、できる限りの防寒対策。雪が降り続いていい感じだ。

私は雪がよく降る所で育った。そして、当時は今よりよく降った。
雪が積もったときには転んで当たり前くらいに思っている。小学校、中学校はどちらも2キロ強あったし、高校は最寄駅まで2キロ、更に新見駅から高校まで2キロ以上の距離があった。まだ、子どもだったから転ぶと怪我が恐い なんて思わず、転ぶとちょっと恥ずかしかったくらい。
でも転んだからといって、べちゃべちゃに汚れるわけでもない。白い雪をさっと払えばよかった。県北の雪を美化しすぎ?

今朝は予定通りに歩いて出勤。
雪は昨晩遅くにも降っていたから、想像していたんだ。ピーンとした朝の空気、雪景色、カンカンとまではいかないまでも、自分の歩くサクサクという音を。

でもやっぱり、べちゃべちゃでじゅるじゅるの道になっていた。岡山市内の雪は綺麗じゃないから嫌いだ。

寒中です。

雪ウサギ
大佐は雪が残っていました。昨日も時折、小雪が舞いました。

岡山の家にいるとき、休日には外出していることが多いのですが、昨日は大佐に居たおかげでスポーツのとても感動的な場面をみることができました。
多くの人がTV観戦し、そのうちの大部分の人が感じたことだと思いますが、ひとつは大阪女子マラソンでの福士加代子。何度も転びながらもゴールし、泣き崩れることもなく倒れてしまうこともなく強い姿を見せてくれた。
そして大相撲の白鵬と朝青龍の取り組み。立会いから息を呑むほどでじっとにらみ合う姿にどきどき。組み合ってからの押し合い引き合いも見事で、お互いに譲らない力強さを見ました。

さて、今外は雪に変わりました。週に一度ほど通っているdiadiaのレッスンの帰り、すべるすべる。このぶんだと、明日の朝は凍りそうです。

大佐は今日も雪でしょう。
でも、岡山の雪は大佐の雪より冷たいような気がするのはわたしだけかしら・・・。

今週も終わっちゃった。

県庁通りpm7:05
モーツァルトのケーキ屋さんpm7:05。男性客が多い店です。8時まで開いています。感じのいい店員さんたちが働いています。ほっとします。

K氏は大阪の書店さんに営業出張。代表は笠岡に出張。というわけで、私は午前中一人。電話が鳴らない・・・たしか注文の電話を1件だけ受けた。二人にかかってくる電話ばかりではないのに何でだ? と寂しさを味わう。

午後は発送作業。ジュンク堂新宿店地方書コーナーに置いてくださるという書籍80点ほどと、他DMの返りでの注文品を揃える。
アルバイトさんがジュンク堂分を担当してくれたけれど、本もいろいろで結構重労働(荷物が重いわけではありませんが)。机の上は納品書や振込票や文書や、ビニール袋やセロハンテープやガムテープや、クッションや梱包材やメモ用紙や何やかんやでグチャグチャ。
その間に、本を直接購入に来られた方が二人。事務所はキッタナーイ机上、髪を振り乱した女・・・

発送作業が一段落して、アルバイトさんに「すごい時に本買いに来られた人いたよなぁ」というと
「ええ なんだか得した気分です」
そうかい??私はワラワラしていて申し訳なかったけどなぁ・・・ 
「疲れたねぇ」というと
「ええ まぁ」と涼しい顔を見せる。彼女は私よりずっと華奢で、性格もおとなしい女性なのだけど意外にタフ!
若いせいか??

DM

県庁通りpm7:00
午後7時の県庁通りは暗い。「東京ただいま午前1:00です。」なんて流れる映像は昼間のようだけど、ここ岡山丸の内・内山下界隈は夜7時でもこんなにも暗く、小さなビルのイルミネーションにすがってしまう。

DMを送ったおかげで いろいろとお返事を頂く。なかでも辛いのは「亡くなったので」というもの。どんな気持ちで受け取り、どんな気持ちで電話や葉書を返してくださるのだろう。
私だったら、まだ日も浅く、現実を受け入れられない状態のときにその人宛の郵便物が届いたらきっといやだろうな・・・なんて考え過ぎかしら。

行き先

栄町空中美術館
福が栄町に福が全員集合するんだよ。抜群の手作り感!栄町空中美術館。

バスに乗っていてふと横を見ると、まるっきり違う方向へ行くバスと並走していたりする。
先日、義父の墓参りのため倉敷方面へ向かって山陽自動車道から瀬戸中央自動車道を走っていた。お墓は中庄にあり、早島インターで下りる。
矢印が出る。片方は岡山、片方は倉敷。
運転する夫に尋ねた「どっちに向かっていくの?」
「倉敷の方」。「ふーん・・・」
夫は 地元の民だから分かるけど、そのお墓がどこにあるかを把握していないと、一般的には判断が難しいと思うんだけどな。
バスに乗ってるときもそう思った。同じ方向に進んでいるからといってその先が分かってないと間違ってしまいそうだ。

働かない頭

福寿草
こんなに寒いと春が待ち遠しくなる。この福寿草は路地咲きなので昨年3月のものです。

只今、我が社の2名を含め、5人の男性が遺稿集の打ち合わせ中。いつもの今の時刻は私も結構バタバタしているのに、今日はボーッとしている。こんな日には頭を使わなくていい作業をしよう、とパソコンを眺めるが伝票を打つ気にもならない。こんな日もあるさ。
夜ごはんのことを考えてみる。そうだもう昨日決めていたんだ。「かに雑炊」だよ。なーに発表してんだろ、やっぱり頭の動きがおかしい。

雪、DM

一年ぶりの雪
雪。多分1年ぶりに積もった。昨年は忘れもしない娘の成人式の日だったわ。

金曜日と今日でDM約1700通発送。封入作業、発送作業はともかく、前段階の名簿の整理の方がいろんな意味で辛かったな・・。
目と指先に違和感が残る。あー・・・○○。。。きゃは!疲れたえっへん頑張ったぞー!
何も考えず、反省もせず、今日は頑張った自分を褒めたいわはは

「ありがとう」「吉備の飛鳥古墳」

新聞広告
年末に毎日、西日本新聞、1月12日に神戸新聞、13日に中日新聞、14日に東京新聞に出した「ありがとう」の新聞広告。三連休明けには、おかげさまで書店さんからの問い合わせや、お客様から電話の注文も各地から数件。
電話注文では年配の方が多く、”息子さんへのバレンタインプレゼントにするんだ”という素敵なおばあちゃまもいらっしゃった。
昨日はその発送に追われた。どの本も大切に扱うのが私のとりえだと思っていますが、「ありがとう」は上製本、プレゼント用、白いカバーということで、とくに念入りに。一点の汚れも許さず、手を綺麗に洗い、クッションも巻いて発送する。
受け取った人ががっかり なんてことがないように、ヤマトさんにまで丁寧にね丁寧にね~ と念じる。

そして今日は 新刊 吉備考古ライブラリィ17巻「吉備の飛鳥古墳」を予約購読者に発送。昼過ぎから4人で作業して約140件送る。
第1巻から足掛け11年。亡くなられた方も数名、読書が辛くなったからという方も数名、だんだんと購読者の数も減少。
「不定期で申し訳ありません」「購読中止のご連絡は・・・」と付紙に添えると、「楽しみにしてるから」「ありがとう」なんて振込み用紙に書いてくださる方もいる。

注文→発送は読者と直接係われるから 嬉しい仕事です。

あー目が乾く!!!

アイケアグッズ
最近の悩みは目の疲れ。夕方になるとどうしようもなく辛い。目を中心に顔全体が硬直している感じで鏡に映る表情も変わってくるみたい。帰宅してTVを見たり、本を読んだりするのもいやになるくらい。

娘が訪ねたWEB制作会社のスタッフ全員の机上にはブルーベリが置いてあったと言う。そこで、私も試してみることにした。ドライアイに効く目薬と、ついでに乾燥した肌にシューッとするミスト美容液も買った。
ブルーベリーはずいぶん値段に開きがあるみたい。お試し程度に買える値段のものにした。Xmas用のギフトボックスに入れてちょっと可愛さを演出してみる。目薬もよく見てください、女性仕様。仕事場だけどこれくらいの彩りはなきゃ。
美容液は同じようなものを先日シャネルで勧められた。値段はこの10倍もした。ま、お試し ということで1000円のもので。
午後6時はブルーベリータイム。

もう ひと頑張り だー!

ガーンガーン

アクリルガッシュ残骸
「中国画材」破産したそうだね。-絵をたしなむ著者からの電話でびっくり仰天。
美大生の娘に電話する。
「エーッ わたしどうすんよー?岡工の子どうするん??」後輩の心配までもする。
そういえば。電話をくださった方も「私はどうしたらいいんでしょう」と仰っていた。
「まだ休みかと思ってたけど、なんか違ってたよな。貼紙気になったし」・・・1月4日のこと、一緒に車に乗っていて娘も私も口には出さなかったけれど、全く同じものを見ていたらしい。シャッターの向こうに人の息遣いが全く感じられなかったことが思い出された。そ、貼紙があったのです。遠めにいやーな感じのする。

岡山市丸の内1丁目1。大学生だった私は帰省中には、わざわざ電車に乗って2時間以上かけて画材を買いに来ました。市内には不慣れでもとにかく岡山駅から柳川を越え、まーっすぐ歩けば着くのですもの。1本売りの絵の具がずらり、なんて新見ではなかったよ。
そして、私の娘は幼い頃からこの店が異様に、いえ非常に好きで、じいちゃんという強力なスポンサーを連れては買い物に来ていました。なんせ、画材は高いのでスポンサーは必要です。色とりどり、タイプも異なるコピック、スクリーントーン、ペン、なにかのご褒美にはトレースボックス。高校ではデザイン系○必のアクリルガッシュ。3年前の大学受験には写真のアクリル絵の具を大量に買いこんで受験に臨みました。イエイエそれだけじゃなく、買わなくても店に行くのも楽しかったのです。

でも、それは突然、展覧会のポスターが飾られたショーウインドもゴチャッとした店先も灰色のシャッターに閉じ込められてしまいました・・・。

手作りその二 餃子

ぎょうざ

明けて1月2日は、姉たちの一家も大集合。甥や姪に子どもが生まれて今年は総勢17名になりました。
毎年、「焼肉」にメインメニューは決まっていますが、昨年餃子を作ったら大好評だったので今年も作ることに。
蕎麦に続いて、師匠は父です。
何でも父のお兄さんが何年間か満州に渡っており、本場仕込の味を我が家に伝えたらしいです。
まず、皮は中力粉1kgと薄力粉300g(300gは強力粉使用の予定でしたが行方不明になったので、薄力粉で代用。おかげですこしパリッとした感じに仕上がったように思います)あくまで程度。適当に調味料、卵、酒を加え、煉って煉ってまた煉る(煉り担当*ワタシ 師匠に力持ちだと褒められました)。ここで種は少しの間寝かせておきます。

中身は白菜、ニラ、豚ミンチ。白菜は1/2株強。ニラ2把。ニンニク大2カケ、ミンチは700グラムくらい使ったかも。姪っ子がひたすらみじん切りに。
塩やら胡椒やらで適当に調味。ここで師匠から「味の素を入れェ」との細かい注意。
この後、皮を円くのばす班(班長:夫)と、その皮に中身を入れて包む班(班長:母)に分かれて作業。幅10cmはあるデカーイ餃子が70個くらい。今年は姪と甥の助っ人二人を得て、楽しく速くできました◎
※生のままだと水が出たり、くっついてしまうので、我が家では焼く前に茹でておきます。

午後6時ごろ、「おめでとうございます」の声とともにぞろぞろ集合。餃子70個も、2キロ分の焼肉も完食!

手作りその一「蕎麦」

そば
年越しそばを作りました。国産しかも蕎麦処新見草間産のそば粉100%使用。小麦粉を1割程度とつなぎに卵を1個加えました。煉ったそばをしばらく寝かせたあと、ローラーに何度もかけて平にし、切るところは手動式の機械を使いますが、こねて煉るところは もちろん”手”です。
手つきよく煉っているのはワタシ、その横でヌチャヌチャしているのは
夫、抑えてくれているのは父です。
父は師匠です。ざーっと蕎麦粉を入れ、適当に小麦粉を加え「おー、このくらいじゃ」といった具合ですが、まさに「適当」。ばっちりの味に仕上がります。(実は影の師匠もいてその人が居ないと物の在りかさえ分かりませんが・・・)

幼い頃から蕎麦は、家で作って食べるものでした。
その味も、父が威張って作るのも大嫌い、友達が家に来ると蕎麦を作ったからとしつこく食べるように勧めるのも大嫌いでしたが、今はこの味の良さも父の気持ちも分かってきました。

先日「ちりとてちん」で主人公が母親に蕎麦打ちを習うシーンがありました。
「こんなん本に書いてある」という主人公に母親は「習うもんなんや」と教えていました。
その通りで、もし、父にやる気が無かった場合、「何とか自力で」→「でも配合からして分からんし」と夫がネットでダウンロードしてきましたが、あまり関係ありませんでした。

父の蕎麦は、配合も工程も味も「適当」&「シンプル」につきました。

あけましておめでとうございます。

20081.1
2008年、雪の元旦。暮れの30日に大佐に帰りました。昼過ぎ岡山道に乗り、総社辺りから雪がちらちら、北上。中国縦貫道からはトンネルを抜けるごとに雪が深くなってきました。
2日まではこの調子で降ったり止んだり。

82歳になった父と79歳になろうとしている母が、力を合わせてついた餅を食べ、私は穏やかに新年を迎えることができました。

皆様 あけましておめでとうございます。
みんなが 辛く悲しい思いをしないでいられる そんな年であればと思います。

今年も どうぞよろしくお願いします。
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