天満屋の前

アリスちゃん
岡山で一番大きいデパート天満屋「アリスの広場」アリスちゃん。
ここには むかーし「サテスタ」ってあったな。黄色い円形のブース。
「サテスタ」とはあくまでも「サテスタ」という名前の建物であってサテライトスタジオのことだなんて思ってもいない田舎もんの私が、天満屋サテスタ前で友達(女)待ち合わせたりした。
「どこで待つ」「サテスタ」分かりやすかったな。

当時は、とにかくぐちゃぐちゃ人が溜まる場所だった。自転車置き場みたいになっていたときもあった。
その後サテスタが無くなり、植栽されてベンチが置かれたりして、家族連れがアイス食べてたり、カップルがペトペトしてたり。

綺麗に綺麗になったもんだ。夏休みの昼間でもこんなだ。

天満屋の西側のいすも無くなったし、座れるところが本当に少なくなった。シャネルの前にホームレスの人や、親子連れや、爺さんや婆さんは似つかわしくないってか・・・
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本はいろんな意味で重いのよ

棚整理
吉備人の事務所は25坪くらいあり、その半分を書庫にしている。もちろん入りきるわけは無いので、無理を言って印刷所や製本所で預かってもらっているものもたくさんある。つまり、在庫です。
今日は今年二度目の棚整理。戻ってきた本を箱に入れたり、傷んだものは断裁にまわす。
代表Yと卓球隊長Kの二人とも泣く泣くなので「それぞれ別の編集者の作った本を処分することにしたら」と提案すると、「そのほうが難しいんだ」という返事。「勝手にするのは悪いと思う」そうだ。

こうなると毎度のことながら、私の出番ね。
「それは、もう使えないから」とびしびし言う。とは、言っても自分が本を手にとると、どんなに傷んでいてもこの著者は何歳になったのかななんて思い浮かべてしまう。本一冊書く、出版する・・・その思いと労力と費用、そして仕事とはいえ編集者や本つくりに係わる人の思い。結構引っかぶってしまうのよ。

本は重いのよね。いろんな意味で。

暑いのはもう嫌だぁ

空
天気予報を恨んでしまった。昨晩も汗だらだらで眠る。髪の中、首、胸元だらだらだらだら・・・
「さて、この暑さも昨日まで」ってにこやかに言ったじゃん。
梅雨明け宣言に文句言う人が多いらしく「梅雨が明けた模様」という表現に変わったとき「高らかに宣言すればいいのに」と思っていたけど、昨日も気象台や各TV局に抗議した人いるんじゃないかしら。私は抗議したかった。

さて、昨日は卓球経験3年を誇る小社K隊長の元、約10名が両備ボウルに集まり、午後7時から9時までみっちり二時間"卓球”で汗をながしました。
全身ズブズブ、まさに滝のような汗が流れました。スポーツで汗を流すなんてスポーツ少年団親子ソフトボール大会以来でした。

夏と秋

駅前の桃太郎
今朝 天気予報で言っていた。「この前線を境に夏と秋」 どんどん秋の勢力がが南下してくるそうだ。期待してしまう。
本日午後4時半ごろの岡山駅前。強い陽射しが照りつける。空を見上げたら なるほど秋雲と夏雲が 深いブルーの空に同居している。

昨夜は暑くて、寝ていても顔から汗が流れるのがわかった。耐え切れず5時半ごろ起き出した。もう日が差していた。
ベランダの鉢に水を遣った。ついつい夜の水遣りになってしまうのだけど植物にとっては朝の水が一番。園芸本にも書いてあるけど、先日買った「働きマン4-ボケマン」にも そんな話でていたな。

今日は雨の予定だったのに ポロッとしただけでずっと晴れている。「皆既月食」見られるかもしれないね。

アクティブな週末!

カフェオレ
昨夜の番組でダルビッシュ君が飲んでいたので買ってみました。ダルママは普通の人、ダルのパパがカッコイイ。かといって本人はパパ似ではない綺麗な顔。でも子どもはないよなぁ。ほんとに嬉しいんかい?ほんとに結婚前提で付き合ってたのかい?と思うけど、やはりそうとしか言えないよね。「考えた結果、生まない選択をしました」なんて言えるわけない。
なりゆきのSEXで 妊娠したら初めて真剣に結婚を考えるって 大人と呼ばれる年齢の人にも結構多いよ。もっと子どもだと結婚すること自体も簡単に考えるんだな。

この週末は行動的に過ごしてみました。土曜日には SINSUKEのマリンバコンサートへ。国際コンクールで数々の賞をとったという腕と美貌を持つ青年でした。久々に会う友人と一緒だったのでゆっくりとお茶も飲むことができました。夜は夜で夫と 某居酒屋へ。生ビール2杯と大瓶半分、れんこん天、鰆刺身、酢豚なんぞ食べました。
昨日は 掃除して 夫の作ってくれたラーメンをすすり(注;ねぎを刻み、温泉卵を作ったのは私)HEROの再放送見てちょっぴり涙した後、新オープンの「さんすて岡山」へ。
特に今欲しいものはなかったけれど、くまなく店を見て、三省堂で田口ランディの文庫本1冊購入。地下一番街に下りて、弘栄堂書店でコミック新刊「僕等がいた12」「働きマン4」を購入。
夕食は 高島屋の地下で買ったにぎり寿司。そして、手のアップ、目のアップ、足のアップの連発、まるで写真集みたいなカメラワークの世界陸上を見た。
で、毎年あれほど ひんしゅくをかっているのに何で今年も織田裕二なんだ?何で一人ひとりにキャッチフレーズがいるんだ?それにしても、ロシアの美人アスリートのキャッチフレーズに「お局」はないだろう。
当たり前のことながら選手はみな真剣で、競技は面白いのに 周りが鬱陶しいぞ。

マンモグラフィ

緑の南天
ビルの入り口にある南天の実。手近だから撮ったけど 考えてみれば緑の実の状態って関心を持たれない。生け花とか鳥の餌とか。でも鳥は密かに熟れるのを待っているのだろうか。

今朝は 年に一度の健診PART1乳がん健診に行った。触診とマンモグラフィ。触診はいつもの髯の先生だったけど 今年はあっさりと「異常ありません」と告げられた。ひとまず ほっ。
そのあと マンモグラフィの撮影に。やった人はもちろんご存知でしょうが、乳房を板に挟んで圧迫して広げて撮影します。
今年で3回目ですが、板から透けて見えるぺちゃんこになった自分の乳は三角揚げみたいな形。哀しいような面白いような、いうなれば「アハッ」。
広げて伸ばしたときの形もひとそれぞれなんでしょうね。

太陽いっぱいの真っ赤なゼリーとその後の一言

太陽いっぱいの
Morimotoの「太陽いっぱいの真っ赤なゼリー」。
お盆のお土産に姉から届きました。とんねるずのみなさんのおかげです「食わず嫌い王」のお土産で絶賛されていたそうです。
とろーんとした滑らかな食感。トマトの酸味と塩っぽい味と甘味がくちゅくちゅ合わさった感じ。一口食べて ウーンどうなんこの味と思って 、でもスプーンを離せず、また一口食べてしまうという複雑な味だ。
評判ではトマト嫌いな人もOKだそう。実は私の母はトマトが大嫌い(の割りに美味しいトマトつくるのだ)。パッケージとって「これ赤ピーマンのゼリーなんじゃと。」と渡したらすんなり口に入れるかしら。試してみたい気もする。
プレーンヨーグルトともよく合います。このゼリーを購入した人は試してみてください。

さて今日の夫の一言「君は 後悔しても反省はしない」。
トマトゼリーを仲良く食べた後のおことばだったんだけど、何でこんなことを言われたのか思い出せない・・・。

報い

トンボの産卵
トンボが卵を産みつけている。7月の終わりの写真だけど夏の思い出にアップしてみました。無事育ちつつあるのでしょうか?

”お腹の調子がなんか変だ”と言う状態が昨晩も続く。夕食のあとムカムカして、腹部が張って超不快。
夕方の打ち合わせのとき、自分の腕に目を遣るとしょぼしょぼして、まるで賞味期限の切れたりんごみたいだった。
体は熱いのに鳥肌の立った状態になったり。
これはきっと、さらっとして快適な涼しい部屋を連日出ることなく、ビールを好きなだけ飲み、美味しいものを腹いっぱい食べた”報い ”だ。
反省-
昨晩はビールは二人で500ML缶1本だけを飲み、窓を開け、自然の暑さの中で寝ることにした。
眠りつつ、汗がじんわりと出てくる感じを味わう。体に良い感じ、良い感じと、やはり眠りつつうっすらと微笑んでいた自分を覚えている。

夢の中で

ゴーヤ
お盆に大佐で収穫してきたゴーヤが、みずみずしくあまりに美味しいので昨晩はスライスして醤油とかつお節で食べる。たまねぎスライスと一緒にもりもり。食べすぎたみたい。ちょっとお腹の調子が・・・

夢を見た。新規開店書店の納品分を揃えている。そして夢の中で「これは夢だから明日会社に行ってやればいい」と言い聞かせて手を止める。
そして目が覚める。エアコンをかけているのに背中や首筋が暑い。ドライから冷房に切替え、場所も変えてソファに寝転び目を閉じる。
また同じ夢を見る。本を揃え、検品する。そしてまた思う「これは夢、明日会社で」と。

そんなにストレスを感じているわけではないのに、結構仕事の夢を見る。
夢が教えてくれることもある。昨晩は、旭川と吉井川。
昨日用意していたのは、9月初旬に開店する津山ブックセンター院庄店分。新刊本の他、棚に差しで1冊ずついれる本70点と、平で5冊ずつ積む本10点を選んで揃える。
平は地域性の高いものや売れてほしい本を置く。地域と言えば ”川”。「旭川を科学する」PART1とPART2を平積み用に選んで伝票も打った。
あれ院庄って旭川?吉井川だよ。夢の中の仕事で気づいた。
以前は 忘れていた納品のこと思い出したし・・・
本日「旭川を科学するPART1」5冊は「吉井川を科学する」に切替えて無事納品。
ありがたいことです。

「いちご白書をもう一度」

検定「晴れの国おかやまの食」
新刊ができました。『検定「晴れの国おかやまの食」公式テキスト』。昨日の山陽新聞には主催者側の全面広告も。

冷房に浸かっている。おととい土曜日はベランダに洗濯物を干したり取り込んだりした以外には室外に一歩も出ず、日曜日は写真の現像に1時間ばかり外出したのみ。ついでに言うと金曜日もトイレと炊事場以外、事務所から出ず。心地良かったけど、これで良いのかひ弱な奴になりそうだ。
金曜の夜はBSで「2006年つまごいコンサート」の再放送を見る。拓郎カッコイイわぁ・・昔はかっこつけた大人の人というイメージだったけど、自分が年取って、近い世代に見えてきた-すてき-
**m( ̄_ ̄m)ゴメンこうせつ・・・
土曜日には NHKFMで「フォーク」にひたる。聴き始めた時間には75年くらいからの曲がかかっていた。高校1年じゃん。勉強もせずに深夜放送聴いていた。わーーーめちゃくちゃ切ない。
あら「いちご白書」だわ。

あれは、高校2年の秋だった。仲の良い友達とノートルダム清心大の大学祭コンサートにバンバン聴きに行ったわ。深夜放送の喋りでしか有名じゃなかったバンバン、「いちご白書をもう一度」が丁度流行り始めた頃だった。
その朝、岡山一番街でギターを担いだ二人組バンバンに遭遇。まわりに人もまばら、もちろん彼らが誰かを知っていたのは私たち二人しか居なかったんじゃないかと思う。声も掛けられなかったけど。
なんか今は 彼は(もう一人の人は今どうしてるのだろう)成金みたいな風貌になっちゃったけど そのコンサートでは、ヒットの兆しが見えたのが 本人もファンもすごく嬉しくて3回くらい「いちご白書」歌ったと思う。

Fu・・・またまた思い出語りをやってしまったね。

お盆のあと

種まき
白菜の種まき。12月くらいには直径30センチ近くの大玉になる予定。こんな小さな種でこんな細かい作業から始まり、まるまるとした瑞々しい白菜ができる。

8月11日~16日までしっかりお盆休みをいただきました。
今日は あとの二人は会合などあり、6時半ごろ退社。私は一仕事終わった後、お盆の間に撮った写真をCDに落としました。
デジカメだから、変だったら後でデータを捨てればいいや と思いパシパシ撮影。画像をチェックしていたら、ぼけていてもぶれていてもよっぽどでない限り消去することができません。
私一人しかいない事務所で楽しかったお盆の思い出にひたっています。

原爆や戦争

パガニーニにて
城下のバー「パガニーニ」にて。
静かなバーで写真は・・・と思うけど、花火の夜、カウンター隣の席には20代前半の女性二人連れ。浴衣姿ではしゃいでいる。それに乗じて撮らせてもらった。
ここの窓から見える風景もここ1年でずいぶん変わった。桃太郎大通りのマンション建築ラッシュで10階建て以上のものが何棟も建ち、窓の明かりがいくつも見える。

昨日は62年前に長崎に原爆が落とされた日。長年「原爆の詩」を朗読する吉永小百合さんは言う「詩をずっと読んでいけば新たに原爆が落とされないのでは と思って」。

私は 戦後15年経っていないときに生まれた。私の父は20歳で徴兵されて戦争に行った。父が私に語る戦争は、戦争を肯定しなければ自分の数年を否定することなのか生々しすぎて耳を塞いだ。そのとき私には戦争そのものより、戦争を語る父は厭だという思いが残ったけれど、父以外の人たち、例えば先生や周りのひとたちからも生の声として戦争の悲惨さを聞き学ぶことができた。
父はその時代に失ったものを語っていたのだと今は思う。

私が私の子どもたちに戦争や原爆について伝えられることは何なのだろう。そして私の子どもたちがその子どもたちに伝えられることは・・・?
「なんか駄目なんよ」ではなく、少しでも語れる自分でありたいと焦っている。

花火大会

会場へ急ぐ

予想通り少し寂しい花火大会だった。
でも7時過ぎには会場に急ぐ家族やカップルが。

例年なら花火の夜は深夜までにぎやかな声が旭川河川敷から聞こえるのにいつもと変わらぬ静かな夜でした。

花火大会

露天

先週台風の影響で延期になった花火大会が今日行われる。
暑い暑い昼12時前、県庁東側の道沿い。すでに多くの露天商が準備に入っている。次々と運び出される機材、食材、飲み物、山積みになっていくビール箱。
この辺りは身動きが取れなくなる地帯だ。

河川敷には先週の中ごろからビニールシートがあちこちに敷かれ、早くも場所取りが始まっていた。どんな人たちがあのシートに座るのだろう・・・通りかかるたびに思う。

でも水曜日の花火大会なんてぱっとしないな。
ということで、6時半になっても私の予定はたっていない。県庁通りにはそろそろ人が出る頃なのに。
実は会社ビルの屋上に出ると 花火がぱーっと目の前に広がる。オーナーの心遣いで毎年解放していただいている特等席。うーん やっぱりビールと団扇持って屋上にGO!

ルーシーダットン

マスカット
県庁の表玄関にある、マスカット。直径20センチ強の鉢に植えられている。温室栽培組合の人が寄贈したというプレートが付いている。
わずか、80センチくらいの丈に4房。県庁に行くたびに房は減っていないか、粒は減っていないか気になってじっと見ていると、ドアの向こうから警備のおじさんも私をじっと見ていた。

最近 週に1~2回は必ず「ルーシーダットン」のレッスンに通っているのだが、先日「ルーシーダットン」という言葉がやっと使えるようになったと先生が話してくださった。
なぜかというと、「ルーシーダットン」という名前が商標登録(?)されており、某普及連盟だけが使えて、その傘下でない教室は「ルーシーダットン」という言葉は使えなかった。「ルーシー」はヨガ、太極拳と並ぶもので、ヨガとは呼吸法も違うけれど、使えないのなら一番分かり易いということで、今までは「タイ式ヨガ」として教室を開いたり、本を出したりしていたらしい。
言葉が使えないようにしてしまった普及連盟に対して、本国タイからも抗議がきていたそうだ。いわば「カブキ」という言葉を、アメリカで登録されて本国では使えない そんなねじれた状態にあったそうだ。

効果のほどは劇的にというわけではないけれど、あの整形外科に行ったころのような泣きたくなるような腕の痛みはうすれつつある。日常でも、何となく伸びをしたり、手足をマッサージしてたりする。某普及協会発行のDVD付の本も買ってるし・・・

ちなみに、教室で一番多い年齢層は30代中頃、次は30前だそう。スタイルどうこうというより、みんな、「私は疲れてる」と訴えているよう。まだ、若いのにねぇ・・・そんなに疲れた気にならなくても・・・と私は思うけど、「あなたは疲れているのね」とやさしい言葉や時間を与えられると復活できるんだね。

夏の風景

見慣れた風景
土、日街に出かけると家族連れの多さに夏休みを感じる。写真は実家の2階から見た風景。毎年出た「絵を描く」という夏休みの宿題の何枚かはこの風景画だった。三人姉妹なので ×3 はこの風景が切り取られて描かれたと思う。

土曜日、娘とカラオケに。阿久 悠さんが亡くなり、1970年代からの歌が巷によく流れるのをいいことに 岩崎宏美やら伊藤咲子やら桜田淳子を歌ってみる。「私ら同級生よ」なんて意味も無く自慢する。三曲ほど歌い そのどれもに*くちづけ*という言葉が出てきたのに一人赤面。(娘は聴いちゃいない)

今日は広島に原爆が投下された日。朝八時からの記念式典中継を聴く。「私たちは あの日の人たちを助けることはできないけれど未来の人たちを助けることができます」と言ったこどもたちの声が胸に残る。

獲れたて

今週は美味しいものを食べたなぁ。
〇日曜日 獲れたての鮎。
81歳の父が 
「わし 今日は川に入ってみようと思うて・・・」母が出かけた後、こっそりと言う。流れの中に入ると危ないので、この数年は岸から見ているだけだったのだが、父と親しい、父より20歳くらい若い川の番人みたいな人が誘ってくれてどうにも我慢できなかったらしい。
トモもその人が持っているのを貸してくれるそうだ。
川の状態も鮎かけには最高の日、「ワシ、コウチバシのところへ居るからなあとで来りゃあええが」と夫に言い残して、朝9時過ぎいそいそと小阪部川の、とあるスポットに出かけていった。
 かんかん照り。やはり高齢者にはキツイ。そのうえ、お茶も何も父は持たずにでたので、夫がスポーツドリンクやらタオルやら持って川に行った。
そのうち、母が帰ってきて「やっぱり行っとる」ぶつぶつ怒る。「帽子も被っとらんわ・・・」。「今日は川に入る言ようたよ」と言うと更に怒る(心配する)。
 1時を回った頃には ずーっと怒る(心配する)。

その30分後くらい、二人が戻ってきた。ビクからビチビチはねる音が!
なんと20センチはある立派な鮎が3尾!
早速 尻だけぬぐって塩をして焼く。
白い身がやわらかく、独特の苦味があるはらわたも旨い。

その鮎は 川の番人の友人が釣り上げたもので、父は一匹も釣れなかったらしい。
鮎かけは、糸を垂れてぼんやりとする釣りのイメージとはまるで違い、流れに胸までつかってやるアクティブなもの。「もうできんなぁ 腕が落ちとる」と悔しそうにいう。

私は売っている鮎を買ったことがない。山女魚も。
私の子どもたちは 嘘みたいだけど鮎を離乳食に食べた。
お盆には 兄弟の家族が集まって串を刺して網で焼いてかぶりついた。
お客さんがきたら「何にもないけど」といって冷凍にしておいた鮎を焼いて出した。
いつまでも 食べさせてほしいなぁ。
 

バイトの話

もぎたてフルーツいただきます
県庁一階ロビーに架かるリース。これは「もぎたてフルーツいただきます」。あと「魚シリーズ」と「野菜シリーズ」のモモッチリースが架かっています。かわいいんですよ。

昨夜は ちょっと飲み会。
そこで学生時代のアルバイトの話になった。

まず、Yさん。JRの下請け会社のアルバイトで、新幹線の止まる深夜から始発前までの間中 レール沿いにケーブルの埋設をしていたそうだ。
たしか、K氏は 水島コンビナートで溶鉱炉の中のローラーの汚れを落とすバイト。真っ暗な中でグラインダーを持って削る作業だった。
 代表Yは 四日市の石油コンビナートの人間一人が入れるような鉄のパイプの中に入って金ブラシで錆をこそげ落とすバイト。
 三人ともトラックやらマイクロやらの乗り物に積み込まれて現場に送り込まれたそうだ。
 
なんか、汗まみれの姿は今の三人には似つかわしくないように思えるけど、それぞれ土地柄が出てて面白い。
 
私はというと M交通の添乗員を何回かやった。朝お客さんがバスに乗り込んだら「本日はM交通をご利用くださいましてありがとうございます。運転士は〇〇、添乗員は私〇〇でございます」と気取って言う。
あと、形ばかりのバスの誘導をする。運転士さんは端からバイトの子なんて信じてないから 一応笛吹いて邪魔だけはしないようにする。あとは一日中座る。そんなでも恐い運転士さんに当たるとそれはそれは いやーな時間が一日中続いたけど、ほとんど優しいおじ様だった。若いから許されたのかな。おばちゃんが、バスの周りをオロオロしてたり、横で居眠りなんてしてたら許されないだろう・・・。そんな若い時代もあったっけね。
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